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 そのたびに、チクチクと罪悪感が刺激されてはいくのだが。  彼女たちを騙しているということもそうだけれど、もうひとつ。このあいだの夜、八瀬に言われた言葉がずっと胸に残っていた。  わかっているなんて、本当に口ばっかりで、結局、自分はなにひとつ行動を変えられていない。  けれど、今日のもやもやの原因は、それだけではない。そのことも自覚だけはしていて、浅海は溜息を押し込んだ。  ――ひさしぶりに失敗したからな。  家を出る前のことだ。父親が帰宅する前に外に出る予定だったのに、うっかりかち合ってしまったのだ。  失敗した。その一言に尽きるし、過ぎてしまったことは気にしないようにするしかない。  気にしたところで、家のことはどうにもならないのだから。そこまで考えたところで響いたスツールを引く音に、はっとして視線を向ける。 「あ、こんばん……は?」  目の前に座った客の顔を認知した瞬間、鉄壁のはずの営業用笑顔が固まりそうになってしまった。 「……一基さん?」  どうして、こんなところに、この人が。  呼びかけににじんだ戸惑いも、ほかの客から注がれる視線も、いっさい気にしないそぶりで八瀬は口元を笑ませた。 「裏方ばっかりじゃなかったんだ?」 「すみません、その」  嘘を吐いてたわけじゃ、と続けようとした言い訳は背後からの声でかき消された。珍しく少し焦ったような、達昭の声。 「あれ、八瀬さんじゃないですか」  胡散臭い笑みを携えた達昭に脛を蹴られて、浅海は女子大生たちの前にスライドするかたちで場所を譲った。  ちらちらと八瀬の横顔を窺っていた彼女たちが、さっそく小声で話しかけてくる。 「すごいかっこいい人ですね」  お知り合いなんですか、と続けて尋ねられて、どうとでも取れる笑みを浮かべて浅海は誤魔化した。  かっこいい人だとは思うけれど、どういう知り合いなのかと言われると答えづらかったからだ。 
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