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「でも、その、ご迷惑をおかけしたとは思うので」
もう一度すみませんと告げると、八瀬が小さく笑った。
「大人には甘えるものだって言ってるのに、あいかわらず下手だね」
そういえば、これも前にも言ってもらったのだったな、と思ってしまった。気遣ってくれる優しい人なのだと思ったことも覚えている。
でも、やっぱり、甘えるというのは、どうすればいいのかわからなかった。
だから、曖昧に笑って濁すことしかできなかった。
「まぁ、それが浅海くんなんだろうけど」
あっさりと話を切り上げて、八瀬が歩き始める。戸惑いを読み取られてしまったのかもしれない。
「おいで、送って行ってあげるから」
「あ、あのっ」
はっとして呼び止めると、八瀬が振り返った。
「なに?」
「その、……今日は家に帰るつもりなくて。だから、大丈夫です。ありがとうございます」
家に帰るつもりがない、なんて、反抗期の子どもみたいなことを言っている。わかっていたけれど、そのつもりだったのだからしかたがない。
それに、これ以上迷惑をかけるわけにもいかないし。もろもろを取り繕って人当たりのいい笑みを向けた浅海に、八瀬も小さくほほえんだ。
「それって、帰りたくないって誘ってるの?」
「え? ――あ、違います。そんな滅相もない」
「滅相もって」
おかしそうに喉を鳴らしてから、八瀬が問い重ねてくる。
「じゃあ、どうするつもりだったの?」
「え……っと、それは……」
風見がいたら、たぶん店の仮眠室を借りていたのだけれど。
「坊ちゃんのところでよかったら送って行くけど」
「昂輝のところは、その」
昂輝もきっと快く迎えてくれるとは思う。思うのだけれど、理由を言いにくいし、妙な心配をかけたくもなかった。
言葉に窮した浅海に、八瀬は「じゃあ」となんでもないことのようにこう続けた。
「俺のとこにする?」
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