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そんなことを言われるとは思ってもいなかったから、つい、まじまじと凝視してしまった。その視線にか、八瀬の顔に苦笑いが浮かぶ。
「そんなにびっくりした顔しなくても、なにもしないから」
「あ、いや、……そういう心配してたわけじゃないんですけど」
この人からしたら、自分は子どもでしかないのだとわかっている。
誘いを向けられたこと自体に驚いてしまった、というだけで。
――プライベートな部分には誰も立ち入らせない人だって、そう思ってたんだけどな。
自分が勝手に思っていたことではあるが、当たらずとも遠からずだと思っていたのだ。
浅海にとって、八瀬は話しやすい相手だ。一緒に過ごす時間を楽しいと感じる。でも、それは、彼が自分に合わせてくれているからだと知っている。
会話を交わした回数が降り積もっても、八瀬のことをほとんどなにも知らないままなのがいい証拠だ。八瀬は、自身のことはなにも話さない。
そのことに気がついたのも、つい最近のことではあるのだけれど。
だから、そういう人なのだと思っていた。うまく周囲と距離を取ることのできる、隙を見せない人。それなのに。
「いいから、おいで」
素直に頷けないでいる浅海にそう繰り返すと、今度こそ八瀬は歩き出した。
「甘えられるうちに甘えときな。気にしなくていいから」
甘えられる期間というのは、いつまでなのだろうか、とふと思ってしまった。
自分が、この人の言う「子ども」のあいだだろうか。それとも、もっと早くいきなり終わりがくるのだろうか。たとえば、この人にもう不要だと思われた、その瞬間に。
そこまで考えて、やめようと浅海はおのれに言い聞かせた。最近はこんなことを考えてばかりだ。考えても、意味のないようなことばかり。
だから、やめないといけない。
振り返らずに進んでいく背中を追いかけて、声をかける。
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