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「すみません、ありがとうございます」 「もしかして、今日も歩いて帰るつもりだった?」 「あ、はい」  似たようなやりとりをした記憶がよみがえって、浅海は理由を言い足した。  なぜかちょっと言い訳のようになってしまったけれど。 「歩いて帰れない距離じゃないので」 「歩いて帰れない距離じゃないかもしれないけど、小一時間は遠いでしょ。せめて自転車とか思わないの?」 「あんまり考えたことなかったです。夜に歩くの、わりと好きで」  夏の夜のにおいだとか、繁華街を過ぎてからの、静かな住宅街に灯るかすかな明かりだとか。そういったものを感じながら歩くのは気持ちがいい。  そう伝えると、いかにも大人らしい顔で八瀬が苦笑する。 「そうやってぼーっと歩いてると危ないよ。どうするの、車に押し込まれでもしたら」 「大丈夫だと思いますけど」  妹が真夜中に歩いて帰ってくると聞いたら心配するだろうし、迎えに行こうと思うだろうけれど、自分の場合は問題ないだろう。  深く考えることなく切り返すと、また苦笑いを返されてしまった。 「自分は男だからって、あんまり理由にならないよ。男でもいいっていう人間が存在する以上、誰にいつ起きてもおかしくない。確率が低いか高いかってだけの話で」 「それは、……そうかもしれないですけど」 「それでね、襲われた人間って、だいたい自分がそんな目に遭うはずがないと思ってたって言うんだよ」  向けられた笑顔に妙な凄みを感じた気がして、こくりと頷く。
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