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「……気をつけます」
「うん。それと、よく知りもしない人間の車にも乗らないようにね」
「さすがに大丈夫です。乗りません」
小学生じゃあるまいし、さすがにそんな真似をするつもりはない。それに、最近誰かに乗せてもらったのなんて、この人くらいのものだ。
それなのに、八瀬は「そうかなぁ」と疑わしそうな顔で首を捻った。
「浅海くん、あっさり騙されそうだけどな」
この人からしたら、自分は世間知らずの子どもみたいなものなのだろうということが伝わってきて、浅海はそっと笑った。
実際に、そうなのだろうとは思うけれど。生きてきた年月も、歩んできた道のりも、積んできた経験値も、なにもかもが違うし、足りていない。そういう意味で、自分はたしかに子どもだった。
ちらりと八瀬の横顔を窺う。夜の街はいつもと変わらず賑わっているのに、この人を包む空気は不思議なくらい静かだ。色素の薄い、切れ長のきれいな瞳。だから、冷たいように感じる人がいるのだろうか。こんなにも優しいのに。その瞳がゆっくりと動いて、浅海を捉える。
「どうかした?」
本当に、気配に聡い人だ。生きづらそうだな、と勝手なことを思ってしまうくらいに。
そんなことを言えるわけがなかったから、いつかの夜と同じように「なんでもないです」と首を横に振る。
そのときも思ったことを、また今日も思ってしまった。この人と歩く夜は、いつもの夜と比べ物にならないくらい、好きかもしれない。
やめようと思ったばかりなのに、またこんなことを考えてしまっている。本当に、どうして、こんなにままならないのか、自分でもよくわからなかった。
今まで、こんなことはなかったはずなのに。
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