13/16

502人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
「いろいろとすみません。その、バイトも」 「気にしなくていいよ」  改めて告げたお礼も、その一言で簡単に受け流されてしまった。でも、と言い募ろうとしたのを遮るようにして、八瀬が口を開く。 「まぁ、でも、ああいうバイトは、高校卒業してからにしときな。浅海くん頭の回転が速いから、向いてるとは思うけど」 「そんなことないと思いますけど」 「ある、ある。会話が嫌な方向に進みそうになったら、さりげなく誘導するでしょ。馬鹿じゃできないよ」  思い当たる節が、ないわけではなかった。気づかれているとは思っていなかったけれど。 「その、……すみません」 「誰も謝れとは言ってないよ。客は気分よく喋れるだろうねってだけで」  苦笑まじりに応じてから、八瀬はこうも言った。 「そのわりに、自分のことは適当そうなのが、俺からすると不思議だけど」  不思議という言葉に、浅海は内心で首を傾げた。彼の指し示す自分の言動に見当がつかなかった、のではなく、八瀬と不思議という言葉が不似合いに思えたからだ。  この人には、不思議なことなんてひとつもないと思っていた。そういう、なんでもできる、大人のひと。 「いくらでも、もっとうまくやれるのになぁって」  「うまく、ですか?」 「うん。たとえば、俺が坊ちゃんの話出したとき、浅海くん、自分は聞かないほうがいい話題だなって判断したら、するっと変えるでしょ。でも、対象が自分のことだと、顔とか、お父さんのこととか、そういったよっぽど触れられたくないこと以外だったら、なにもしないから」  できる能力があるんだから、使えばいいのに、って。そう続いた後半は、もはやあまり耳に入ってきていなかった。  八瀬がこちらを向いていなくてよかった。きっと、ろくな顔をしていない。  そんなふうに思いながらも、習性でもって笑顔を張り付ける。そうしないと、問いを発することもできなかった。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

502人が本棚に入れています
本棚に追加