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「いろいろとすみません。その、バイトも」
「気にしなくていいよ」
改めて告げたお礼も、その一言で簡単に受け流されてしまった。でも、と言い募ろうとしたのを遮るようにして、八瀬が口を開く。
「まぁ、でも、ああいうバイトは、高校卒業してからにしときな。浅海くん頭の回転が速いから、向いてるとは思うけど」
「そんなことないと思いますけど」
「ある、ある。会話が嫌な方向に進みそうになったら、さりげなく誘導するでしょ。馬鹿じゃできないよ」
思い当たる節が、ないわけではなかった。気づかれているとは思っていなかったけれど。
「その、……すみません」
「誰も謝れとは言ってないよ。客は気分よく喋れるだろうねってだけで」
苦笑まじりに応じてから、八瀬はこうも言った。
「そのわりに、自分のことは適当そうなのが、俺からすると不思議だけど」
不思議という言葉に、浅海は内心で首を傾げた。彼の指し示す自分の言動に見当がつかなかった、のではなく、八瀬と不思議という言葉が不似合いに思えたからだ。
この人には、不思議なことなんてひとつもないと思っていた。そういう、なんでもできる、大人のひと。
「いくらでも、もっとうまくやれるのになぁって」
「うまく、ですか?」
「うん。たとえば、俺が坊ちゃんの話出したとき、浅海くん、自分は聞かないほうがいい話題だなって判断したら、するっと変えるでしょ。でも、対象が自分のことだと、顔とか、お父さんのこととか、そういったよっぽど触れられたくないこと以外だったら、なにもしないから」
できる能力があるんだから、使えばいいのに、って。そう続いた後半は、もはやあまり耳に入ってきていなかった。
八瀬がこちらを向いていなくてよかった。きっと、ろくな顔をしていない。
そんなふうに思いながらも、習性でもって笑顔を張り付ける。そうしないと、問いを発することもできなかった。
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