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「俺、自分の顔が嫌いとか言ったことありましたっけ」
ついでに、父との不仲だとか、そういったことを言った覚えもいっさいなかったのだけれど。
「見てたらわかるよ、理由までは知らないけどね」
それもまたあっさりとした返答だった。
――なんで、わかるんだろう。
それほど長い時間を一緒に過ごしたわけでもない。それほどに深い話をしたわけでもない。それなのに。
頭がよくて、勘のいい人だから。昂輝だったらきっとそう言うのだろう。けれど、自分にはそれだけではなく思えてしまう。他人の機微に聡いのは、優しい人だからだ。
「いつもは適当に受け流してるんですけど」
そんなふうに思ってしまうと、甘えた台詞が零れ落ちるのを止めることができなかった。
「今日はちょっと、受け流し損ねちゃって」
「それが帰りたくない理由?」
内情をさらけ出すことはみっともないとわかっているのに、頷いてしまった。手元に視線を落としたまま、浅海は続けた。八瀬の声が優しかったからかもしれない。
「虐待とかDVとか、そういう大げさな話じゃないんです。ただ」
誰かに話したこと、どころか、話そうと思ったこと自体がはじめてで、どう言えばいいのかわからなかった。それでも必死に言葉を探した。
「嫌われているというか。まぁ、でも、それも、なにをされるってわけでもないので、嫌味を聞き流せば終わることなんですけど。ちょっと俺も苛々してて、受け流しそこねちゃって」
はは、と小さく笑う。なんでもないことだと体現するように。
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