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「お風呂ありがとうございました」  居間に戻って声をかけると、テーブルでパソコンを広げていた八瀬の顔が上がった。 「すっきりした?」 「はい。ありがとうございました」 「そう」  ならよかった、と向けられたほほえみに、浅海も小さく笑み返した。彼が使っているパソコンは、もともとこの部屋にはなかったものだ。仕事用だといつだったか言っていた覚えもある。  自分がいるから、こうして居間に持ち込んでくれているのだ。  本当に敵わないと思うのは、こういった言葉にしない――この人がさも当然と示してくれるぬくもりに触れた瞬間だった。  自分にとっては、はじめて会ったときから八瀬はずっとそうだ。だから、昂輝になにをどう言われても、優しい人だとしか思えなかった。 「じゃあ、俺も入ってこようかな」  その一言でパソコンを閉じると、八瀬は立ち上がった。 「あ……」 「気にしなくていいから、適当に休んでな」  反射で引き留めようとした浅海の頭を自然なしぐさで一撫でして、そのまま通り過ぎていく。 「俺も今日は早く休もうかなって思って。それだけ」 「……はい」  自分のせいで生活サイクルを崩してほしくない、だとか。そう気を使わないでほしい、だとか。  言いたいことはいくらでもあったのに、頷くことしかできなかった。こういった物言いが本当にうまくて、そうしてそれが気遣いから出ているものだとわかるから、妙な意地も張れないし、反論もできない。  本当に、敵わない。
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