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嫌なことという表現に、浅海はぎこちなく笑った。そのとおりでしかなかったからだ。
「じゃあ、嫌なことはなんだろうってなったときに、最初に思い浮かんだのが、浅海くんが母はいないって言ってたときの顔だった」
「笑えてなかったですか?」
「笑えてたよ。ただ、まぁ、なんというか、なんでもない顔をつくろうとしてるのがにじんでた、というか」
だから、内心では嫌ってるんだろうなってすぐにわかった。
あっさりと当てられて、もう一度小さな笑みを浅海は浮かべた。ちゃんとやれているつもりだったのに。
本当にこの人にはなにもかも敵わないし、見透かされてしまっている。
「それで、離婚の主因が母親ってなったら、まぁ、妥当なのは不倫あたりかなって思うよね」
「……当たってます」
「うん。ついでに、そういった人間が身近にいると、恋愛に抵抗を感じてしまうっていうのもわからなくはないし」
ただ顔も嫌いっていうのは、もう少し余計に拗らせてそうだなぁとも思ったけど。浅海くんお母さん似なんだろうし。
続いた言葉に、苦笑いで頷く。本当になにもかもそのとおりでしかない。
「そう、……ですね。たぶん、それも、そのとおりなんだと思います」
人を好きになる気持ちに永続性はないと思っていたから、簡単に誰それを好きだと言う同級生たちの恋愛話は、空々しいものとしか感じられなかった。
そんなこと誰にも言えなかったし、言うつもりもなかったのだけれど。視線を落とした浅海に、「それとね」と八瀬がそっと言葉を継いだ。
「自己肯定感が低そうだって言ったのは、愛情が不足してそうな家庭環境だなって思ったから。どう? 聞いても楽しい話じゃなかったでしょ」
「あ、いえ」
気遣わせている雰囲気を感じ取って、慌てて首を横に振る。
「聞きたいって言ったのは俺なんで」
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