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「うん」
その一言であっさり受け止めた八瀬が、おもむろに室内を見渡した。
「それはそうとして、どうしようかな」
「なにがですか?」
「いや、寝るとこ」
この家、誰かが泊まることなんてねぇからな。続いたのは、ひとりごとに近い調子だった。いつも聞いているものより少し低く感じるこれが、普段の彼の声なのだろうか。
落ち着かない心地で見守っているうちに、ばちりと目が合った。小さく八瀬が頷く。
「いいか、俺と一緒で」
「え?」
「ん、寝るとこ。布団の予備も置いてないし。俺と一緒で大丈夫?」
きょとんと見上げてしまってから、ぶんぶんと首を振る。そんなの申し訳がないし、たぶん絶対に落ち着かない。
「いや、あの、ここで大丈夫です」
「ここって、ソファ? やめときな、身体痛くなるよ」
その誘いになんの他意もなく、気遣ってくれているだけだとわかっている。わかっているのだけれど、自分が眠れる気がしなかったのだ。
「いや、あの、本当にソファでいいです! 大丈夫です!」
「いいから、おいで。浅海くんひとり来たところで、邪魔でもなんでもないから」
それは、まぁ、一基さんのベッドは大きいのかもしれないけれど、はたしてそういう問題なのだろうか。
「あ、あの……っ」
手招くなり背を向けられて、焦って引き留める。本当に心の底から落ち着ける気がしない。
「なに?」
振り返った彼の顔には、いつもと同じ優しいほほえみが浮かんでいたのだけれど。妙な既視感を覚えて、浅海は言うつもりだったものとはべつの言葉を投げかけた。
「俺が困ってるの見て、おもしろがってます?」
「人聞きの悪い。かわいいなと思ってるだけだよ」
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