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 あの人は、と。釘を差すようだった昂輝の声が、また鼓膜によみがえった。  あの人は、優しい人なんかじゃないです。なんの目的もなしに、優しくなんてしない。  俺は、そういう意味では、浅海さんより、ずっと昔からあの人のことを知っています。  昂輝が嘘を吐いているとは思わなかった。ただ、自分の目に映る彼は、いつも優しい。ずっと求めていたものを、惜しみなく与えてもらっていると錯覚してしまうほどに。  甘やかされることが、これほどあたたかなものだなんて、自分はなにも知らなかった。 「じゃあ、……その、ちょっとだけ失礼します。邪魔だったら、あの、蹴飛ばしてくださいね?」 「なに、浅海くん、そんなに寝相悪いの?」 「言われたことはないです、けど」  おかしそうに問われて、言葉尻が小さくなる。誰かと同じベッドで眠ったという経験自体が、そう多いわけでもないのだけれど。  ――でも、そういう問題でもないよな。  たとえば相手が幼馴染みだったら、こんなふうに緊張したりはきっとしない。  ぎしとスプリングが揺れて、明るい毛先が視界に飛び込んできた。地毛なのかもしれないと疑ってしまうような、どこか優しい風合い。少しも傷んでいなさそうで、指が伸びそうになる。寸前でやめたのだけれど、視線で追っていたこともふくめて気がつかれていたらしい。  なに、と囁かれて、浅海は他愛のない笑みを取り繕った。 「一基さんも、そういうかっこうするんですね」 「浅海くんは、俺が寝るときもスーツ着てるとでも思ってたの?」 「それも、そうですよね」  でも、なんだか俺には、そういった場面が想像できないような、遠い人で。あなたは、そういう存在で。後半は口にできるわけもなかったから、すべてを呑み込んで、シーツに額を擦り付けた。  この人の、匂いがする。シーツからも布団からも。そして、すぐ傍らから。幸せだと思った。
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