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「……べつに、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、どういうわけだよ」
苛立ちの濃くなった問いかけに、浅海は視線を落とした。誤魔化すことは得意だ。適当にうまくやるのも、たぶん得意だ。
けれど、さすがに、幼馴染み相手に何度も繰り返すのは気が進まなかった。
――それに、どうせ見破られるし。
あの人に会うまでは、自分の嘘を見破るのは、この幼馴染みくらいのものだったのだ。
沈黙に業を煮やしたのか、侑平が短く舌を打った。あ、これは相当苛立たせてるなとはわかった。でも、それだけだ。
自分を心配しているということもあるはあるだろうが、それ以上に昂輝のことを不憫がっているのだ。侑平はなんだかんだと言っても、昂輝のことをかわいがっている。
「あのあとな、佐合がなんて言ってたか教えてやろうか? 自分としてはめちゃくちゃ止めたいけど、でも、おまえの審美眼は信じたいんだってよ。それが、あいつがあれ以来なにも言わなかった理由」
「……」
「べつに俺が丸め込んだわけでもなんでもねぇから」
「……うん」
わかってる、と口の中で呟く。なにがわかっているのかは、自分でもよくわからなかった。審美眼というのは、なんなのだろう。あの人のことをいい人だと思うのは本当だ。でも、自分のは、きっと、それだけじゃない。
――一基さんは、昂輝は人を見る目があるって、言ってたけど。
だから、それだけじゃないことにも気づかれていたのかもしれなかった。自分が気がつくよりも、きっと、ずっと前から。そうして、侑平にも。
もしかして、に続く言葉がなんなのかは、ちゃんとわかっていた。
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