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「で、おまえは、そんなあいつにちゃんと胸張って言ってやれんの」
苛立ちを収めた溜息まじりのそれは、最後通告みたいだった。なにをとはっきり言われなくても、伝わってくる。でも。
「……無理」
そう答えるのが精いっぱいだった。そのまま小さな子どものように机に突っ伏す。どうしていいかわからなかった。だって、経験したこともなかったし、するつもりもなかったことが、いつのまにか胸に巣くっているのだ。
どうにかなんて、なかったことにする以外にできる気がしない。
「ほんと、しかたねぇな、おまえ」
呆れているけれど、優しい声だった。あの人のものとはぜんぜん違うけれど。
なんであの人の声だったらほっとするのか、優しいと思うのか。その答えも、本当はとっくに出ていた。認めることができなかっただけで。
「佐合より、よっぽど手間かかる」
悪かったな、とも、そんなことはわかっている、とも言えなかった。しばらくの沈黙をはさんでから、ためらいがちな言葉が続く。
「あのな、浅海。俺はな、おまえが誰を好きになろうがどうでもいいんだよ。それが男でも女でも、まぁ、――悪い、正直に言うと、もうちょっと違う相手はいなかったのかとは思ったけど、でも」
「……さっき、なんでもないって言ったくせに」
「言ったけど」
八つ当たりのようなそれにも、幼馴染みは苦笑しただけだった。
「まぁ、でも、おまえが前向きに誰かを好きになろうって思えたことは、ふつうにうれしいとも思うし」
うれしいってなんだよと言うのは、さすがに八つ当たりがすぎる。そう判断できるだけの理性が戻っていることに安堵して、小さく息を吐く。
窓の外からは、部活動中の生徒の声が響いていた。
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