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「おまえね、自分でシフト増やしてもらえたらありがたいって、あれだけ言っといて、なんでいざ入ったら、そう辛気くさい顔なんだよ」
「あ、いや……」
そういうわけじゃなかったんですけど、と続けようとした言い訳の代わりに、すみません、と浅海は頭を下げた。
表に出していたつもりはないのだが、溜息を何度も呑み込んだ記憶はしっかりとあったので。とはいえ、自分のシフトはもう終わっていて、バックヤードにひとりというタイミングだったのだから、少しくらい達昭の言うところの「辛気くさい顔」をしていても許されるのではないだろうか、と思わなくもないけれど。
バックヤードの扉を開けるなり文句をつけてきた達昭は、「まぁ、いいけどな」と予想していたよりもあっさりと矛を収めた。そうしてから、ゆっくりと煙草に火をつける。煙草休憩だったらしい。
「もう仕舞いだし。それとも、なに。おまえ、やっぱり表のほうがやりたくなった? 兄貴に言っといてやろうか」
「いいです、いいです」
大丈夫です、とはっきりと否定する。この人にかかったら、なにをどう都合よく伝えられるかわかったものじゃない。こういった手合いに適当に流すは通用しないのだということを、この一ヶ月で思い知った。
まぁ、そうは言っても、悪い人だとまでは思わないけれど。
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