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あまり休憩の邪魔をしても悪いだろう、と学校の制服に着替えて、ロッカーを閉める。
「それじゃ、すみません。お先に失礼します」
「浅海」
「はい?」
ドアを開けようとしたところで呼び止められて振り返る。呼び止められたことも意外だったのだが、さらに意外なことに、達昭は妙にもの言いたげな顔をしていた。良くも悪くも腹に溜め込まないタイプのくせに、珍しいこともあるものだと驚く。
そもそもで言えば、機嫌がいいときで「浅海ちゃん」、そうでなければ「おまえ」呼ばわりが基本の人に、しっかりと名前で呼ばれたこと自体が不気味ではあったのだけれど。
「あの、どうかしました?」
「あー……、気をつけてな」
風見さんならともかく、この人に言われると裏がありそうで気持ち悪いな、と思ったものの、ぺこりと頭を下げる。
帰りが遅くなったことを、もしかしたら純粋に気にしてくれたのかもしれない。達昭に限って、そうないとは思うのだが。
――まぁ、でも達昭さんがいるのも、あと二、三日だもんなぁ。
風見が戻ってきたら、精神的にだいぶ楽になるような気はする。八瀬が来てからというもの、ちょっと腫物になった気分でもあったのだ。
九月に入っても、真夏の気配が色濃く残っている。夜が深くなっても、蒸し暑さは少しも緩んでいない。そういえば、一基さんにはじめて拾ってもらったのは、暑くなり始めたころだったな。
その夜から、もう二ヶ月は経っている。あっというまだったようにも思うし、長かったようにも思う。わかっているのは、アルバイトという枠を越えて、その時間を楽しいと感じるようになっている、ということだけ。
この人と過ごす時間が好きだと思うようになってしまった。
ひとりで夜道を歩きながら、浅海は小さく溜息をこぼした。
一番はじめのころに、思っていたことだ。この人は、きっと自分にとって不要だと思えば、少しでも迷惑だと感じたら、勝手にきれいに距離を取ってくれる、そういう人。
だから、それまでのあいだは、必要だと思ってもらえているあいだはがんばろう、と、そう。
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