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「まぁ、いいか。痛みに強いやつがこっちにも強いとは限らねぇしな」
思い直したように笑みを浮かべ、男はベッド脇のチェストに手を伸ばした。
こちらの恐怖を煽るように、取り出したものをベッドの上に落としていく。事故に遭ったことにしよう。念じるように、浅海はおのれに言い聞かせた。
助けを求める殊勝さは持ち合わせておらず、我慢をすることは得意だった。忘れることも得意にできている。だから、大丈夫。
「気が変わった。ゆっくり可愛がってやるよ。そのほうが、楽しめそうだ」
肌を暴く指が気持ちが悪い。揺すられるたびに右肩に激痛が走る。だが、痛いほうがよほどマシだった。
あふれそうになる声を呑み、必死で無反応を貫く。その無反応が破れたのは、男の揶揄する台詞で、だった。
「へぇ、本当にあいつ手ぇ出してなかったんだな」
「だ、から……ッ、そんなんじゃ、ないって、言ってるだろ……!」
「でも、おまえは好きなんだろ」
見下ろす瞳に、息が止まる。その反応は、正しく答えになった。男の目がにんまりと弧を描く。
「安心しろ。それだけで、十二分に面白い」
――違う。
違う、違う、違う。
必死で心の中で否定をする。好きじゃない。恋じゃない。こんなところで引き摺り出されるような、そんな感情じゃない。
誰かに助けを求めたいと願ったことはなかった。都合の良い救いの手が現れるわけはないと知っていた。
だから、助けは来なかった。
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