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シンプルに面倒だな、と思った。
行きたくもない病院に行かなければならないのだろう事実も。
怪我のことをどう誤魔化すのかということも。
夜に近づきつつある街をひとり歩きながら、浅海は小さく溜息を吐いた。
警察に行くという考えはなかったし、繰り返すが病院にだって本当は行きたくない。
身体全体が重だるいことはどうでもいいし、顔の傷も喧嘩だと笑い飛ばせば問題はない。だが。
――右腕はさすがにちょっとな。
自分ひとりで嵌め直すことはできないし、放っておけば日常生活に支障が出る。
制服を整えることにも苦労したくらいなのだ。本当に面倒くさい。家に帰らなければならないことも、なにもかもが。
「……面倒だな」
小さなひとりごとがこぼれ、足が止まりそうになった瞬間。雑踏の中から自分を呼ぶ声が聞こえた。なぜだか少し焦ったようにも響く声。
なんで、そんなふうに呼ぶのだろう。不思議に思いながらも、浅海は認識した方向に視線を向けた。
「昂輝」
「どうしたんですか、それ」
近づいてきた昂輝の視線が全身を確認するように動く。そういう反応になるだろうなぁと申し訳なく思ったものの、ろくな言い訳が浮かばなかった。
しかたなく、問題はないと体現する調子で笑う。
「なんでもない、ごめん。大丈夫だから」
「大丈夫って……!」
色を成した様子でこちらの肩に伸びた手が、直前でぴたりと止まる。怪我の状態に気づいたのかもしれない。
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