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「あの、昂輝さん」
控えめなノックとともに廊下から響いた声に、ぴくりと肩が揺れる。驚いたように昂輝の瞳が見開かれたものの、驚いたのは自分も同じだった。
過剰な反応をしてしまった理由もわからないまま、けれどと笑みを浮かべ直す。
「ごめん。……ちょっとびっくりしたのかも」
「いいですから」
ぶっきらぼうに言い切った昂輝が扉のほうを見やる。呼び方からして、彼の父親の組織の人間なのだろう。そういった大人の出入りの多い家だということは知っていた。
自分たちといるタイミングで声がかかることはほとんどなかったけれど。
「ちょっと話してきます」
「昂輝、あの」
「話してくるだけですから、ここにいてください」
立ち上がろうとした浅海を触れることなく制し、くるりと背中を向ける。扉が閉まると同時に、浅海は溜息を吐いた。
――べつに、たいしたことじゃないつもりなんだけどな。
交通事故に遭った、犬に噛まれた、その程度のことだと思っているつもりでいるのに、こんな反応をしたら、昂輝に余計な心配をさせてしまう。
「――一基さんが?」
跳ね上がった昂輝の声が聞こえたのは、どう言い訳をしたものかと悩んでいたときだった。
八瀬の名前に、思わず耳に意識が集中する。けれど、声はすぐに小さくなって、なにも聞こえなくなってしまった。
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