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「っつか、ないでしょ。会う必要」
「昂輝。でも」
「それに、それで出たら心配されると思いますよ」
腕もそうだが、わかりやすく顔の腫れている現状。返す言葉もなく黙り込むと、「とにかく」と昂輝は語気を強めた。
「ちゃんと安静にしててください。……怪我人なんだし」
「……」
「休んでてください」
浅海の指が外れたことを合図に、昂輝の視線が外れていく。再び扉が閉まり、遠ざかった足音に、浅海はその場でうつむいた。
合わせる顔なんてない。自分はきっと、すごく、すごく彼に迷惑をかけている。それは事実だ。でも。
「……会いたい」
自分でも気づかないうちに、言葉がこぼれ落ちた。
会いたい。でも、それは、謝りたいだとか、そういうことではなくて。ただ、あの人の顔を見たいという勝手な願望だった。
あのときと同じだ、と自分に呆れた。あの人の家に居残る正当な理由はひとつもなかったのに、顔が見たくて、それだけで居座った。
けれど、あの人はなにも聞かずに許してくれて、それで。それで――。
左手を使って、ゆっくりと立ち上がる。べつに、こんな怪我はたいしたことではない。強がりのつもりはなく、浅海はそう思っていた。
知られさえしなければ、同情さえされなければ、なんてことはない。自分が我慢して済むのなら、本当に大丈夫だと思っていたのだ。
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