途絶

1/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 男は森に住んでいる。もとは都会に住んでいたが、嫌になったので人のいないところに隠棲している。男は自分が社会にとって不必要な人間であることを知っている。だから男は森に住んでいる。  男は日の出とともに目を覚まし、一日の大半を家事と読書、思索に費やしている。男は己が生きている理由を考える。男は人が生きる理由を考える。男は役に立つこととはどういうことか考える。役立たずが生きる意味を考える。生きることに意味があるのか考える。  男は答えを出せない。男は死が怖いから生きている。男はそれしか理由を持たない。  男は命に囲まれて生活している。森の奥深くに入ると、男は嫌な気分になる。男はみじめになる。男はむなしくなる。男は縮こまる。あまたの生物たちは正しく生きている気がする。生物たちは理由など考えない。生物たちは在るために生きている。男にはそう見える。男は消え去ってしまいたいと考える。生まれてこないほうが幸せだったと思う。そう思うことのどうしようもない矛盾にむなしくなる。男は己の意識を持て余している。  男は苦痛が恐ろしい。男は努力を怠った。そうして男は役立たずになった。そうして男はみじめになった。男は正しく己をさげすんでいる。何者かになるための努力を放棄した己の自業自得だと理解している。それでも男は苦しかった。男は苦しむ資格がないと己をあざ笑った。それでも身勝手な嘆きは消えなかった。男はこれ以上みじめになりたくなかった。周りとなれ合って、いないほうがいいものにだけはなりたくなかった。だから男は森に住んでいる。  男は真実孤独である。周りに人はいない。動植物を擬人化する趣味もない。男には血縁もない。男を心にかける人などいない。男は自由である。  夜になると男は苦しんだ。月は何よりも明るく男を照らす。男は沈黙が己を押しつぶし、孤独が精神をむしばむのを感じる。男は悲鳴を上げのたうち回る。男は後悔する。男は社会に戻ろうと思う。男は社会に戻る決心をしたと思い込む。明日には森を出て、この孤独を終わらせると己を慰める。しかし男の一部は決してそうならないことを知っている。そうして男は声をからす。  男は丸くなって眠る。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!