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かっちりとした服装に、縁のない眼鏡をした黒髪の女性……俺が初めてギルドに来たときに対応してくれたルアンナだ。
アデルの名を出され、俺は少し焦って辺りを見回した。
今日は王都でお祭りをやっているせいか、いつものように混雑はしていない。
彼女の声が聞こえる範囲に人がいなかったことに胸をなで下ろして、俺はルアンナに目を戻した。
俺がアデルであることを、なるべく広めないで欲しいと伝えると、凄い勢いで頭を下げられる。
「は、配慮が足らず、申し訳ございません!」
「いや、そんな深刻に謝らなくてもいいから……」
この世界でのアデルは英雄なので、彼女のような反応もしょうがないのだが……俺自身は大した人間でもないのに、そこまで恐縮されると心苦しかった。
それに、せっかく美人な女性とお知り合いになれたのに、なんだか距離を置かれているようで寂しい。
なので、「堅苦しいのは嫌いだから、もっとフランクに接して欲しい」と言ってみると、ルアンナは素直に肩の力を抜いてくれた。
まだちょっと硬いが、追々慣れてくれることを期待する。
彼女は、コホンっと小さく咳払いをして仕切り直すと、先ほどよりは崩れた声音で話を続けた。
「もし依頼をお探しでしたら、カウンターにて紹介致します。難易度が一級以上ある依頼は、張り出していないんですよ」
「あ、そうなんだ」
どおりで弱い魔物の討伐依頼しか見当たらないはずである。
ルアンナの案内に従い、俺が専用カウンターに用意された椅子に座ると、彼女は奥から数枚の羊皮紙を持ってきた。
「いくつか、特級魔法使い用の依頼を預かっております。アデル様がお見えになった時は、必ずこれを見せるようにと、ギルド長から申し付けられておりました」
「ウリエルが?」
特級用というぐらいだから、一級魔法使いが受ける依頼よりも難易度が高いのだろう。
この辺りで特級魔法使いは俺しかいないらしいので、ほとんど名指しで依頼しているのも同然だ。
アデルにしかこなせない依頼ということで、俺はちょっと緊張しながら受け取った羊皮紙を読んだ。
依頼内容:アトラス山にある妖狐の里から、火狐酒の入手
報酬:ウリエルとの一日デート券(頬にキスのオプション付き)
「…………………………なにこれ?」
「何かご不明な点でも?」
「いや、報酬がね」
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