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第16話 暗雲
レベッカ・ミルフォードの歩んできた人生は、およそ隙のないものだった。
生まれ持った才覚を、恵まれた環境によって開花させ、たゆまぬ努力で昇華させた。
成功は当然であり、挫折は考えもしない。
ただ自分のために用意された平坦な道を行くだけの人生。
躓いたことがないが故に、立ち止まる者は単に惰弱なのだと決めつけ、見下していた。
生まれながらの強者であるのは事実であるが故に、それを誰も咎めることがなかった。
あらゆる人に期待され、レベッカも必ずそれに応えてみせた。
頑張った分だけ必ず報われ、理不尽な怒りを向けられたことはなかった。
だからだろうか。
敗戦から立ち直れず、自室で塞ぎ込んでいた時。
面会に来た祖父から生まれて初めて杖でぶたれたて、レベッカは頬の痛みを忘れるほどに衝撃を受けた。
床の絨毯に片手を付き、叩かれた箇所を反対側の手で庇いながら、呆然と祖父を見上げる。
「この、痴れ者がっ!」
今まで浴びせられたことのなかった罵倒に、レベッカは怯えたように体を竦ませた。
体を小さくして震わせる彼女の姿に、しかし祖父の怒声は止まらない。
「先日の試合では、王家の方々がお前を見に、わざわざ足を運んで下さっていたのだぞ!」
「お、王家の方々が?」
まだ単なる学生に過ぎないはずのレベッカを、やんごとない方々が注目していた。
彼女の才覚を、それだけ評価していたということだ。
知らされていなかった事実に、レベッカは一瞬だけ喜悦に心を染め、だがすぐに自分がどんな醜態を晒したかを思い出して顔を青くする。
「そうだ。お前は貴族の魔法使いの中でも、近年稀な才能があると言われておったからな。儂も、そう信じておった。だというのに、あのような無様な試合をしおってからに……とんだ恥を掻いたわ!」
「……っ」
返す言葉もなく、レベッカは唇を噛むことしかできない。
怒鳴りつけることでいくらか怒りがおさまったのか、祖父は深い溜息をつくと、嘆くように呟いた。
「お前に期待した、儂が馬鹿だったようだな」
尊敬している祖父から、失望の目を向けられる。
それはレベッカにとって、大きな声で怒鳴られるよりも、延々と口汚く罵られるよりも、ずっと強い痛みを感じた。
今、自分が失いそうになっているものを取り戻そうと、焦りから口を開く。
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