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どうして今、彼女の名が出てくるのかが分からず、レベッカは怪訝に思って顔を上げる。
見ると、祖父は顎にある白い髭を撫でる仕草をしながら、何かを思い出すようにして目を閉じていた。
「あの娘は、良き魔法使いだった。将来は、優秀な王国の守り手となるだろう」
祖父にしては珍しい称賛の言葉に、レベッカは凄まじく嫌な予感を覚える。
思わず耳を塞いで逃げ出したくなる衝動に駆られるも、彼女が何かをする前に、祖父は話を続けてしまった。
「レベッカよ、お前に命ずる。その魔道具を、あの娘に譲り渡してこい」
「そ、それは――」
「強力な装備は、それ相応の魔法使いが持つべきだ。お前よりは、あの娘が持つに相応しいだろう」
言っていることは、理解できる。
だがレベッカは、それだけは絶対に嫌だった。
「お待ち下さい、お祖父様! このような高価なものを、どうして他人などに――」
立ち上がって言い募ろうとした彼女を、祖父は杖の先端でドンッと床を鳴らすことで黙らせる。
「お前が学院でどのような立ち振る舞いをしておるのか、儂が知らぬと思うか?」
見透かすような目を向けられ、レベッカは息を呑む。
彼は自分がカリーナにしてきた仕打ちを知っているからこそ、こんなことを言い出したのだと悟った。
「お前の手で、それを渡すことに意味があるのだ。行ってこい」
今までの非礼を詫びてこい。
言外にそう言われ、しかしレベッカはスカートの裾を強く握り込むばかりで、決して頷こうとはしない。
「あの娘にそれを渡すまで、家に帰ってくるな」
祖父は吐き捨てるようにそう言うと、容赦なく彼女を屋敷からつまみ出した。
家から放り出され、レベッカは行く当てもなく王都の街を歩く。
祭りで楽しそうに笑顔を浮かべている人々とは裏腹に、感情の抜け落ちた顔で、まるで幽鬼のように彷徨い続けた。
カリーナに渡すぐらいなら、こっそりと何処かに捨ててしまおうか?
何度もそういった誘惑に駆られる。
だがその度に、あの祖父には絶対にバレるだろうと、すぐに考え直すことを繰り返していた。
それに、例え嘘でも「カリーナに非礼を詫びて魔道具を譲った」とは、口にすることすら絶対に嫌だった。
あの女にネックレスを渡すぐらいなら、死んだ方がマシだとすら思ってしまう。
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