勝気な公主と北衙禁軍―序

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勝気な公主と北衙禁軍―序

 ――それは、まさに青天の霹靂であった。  勢いよく英慶宮の扉を開けた嘉国 第一公主・朱 遼煌(しゅ りょうこう)はその場に居る全員に声を荒げて尋ねた。 「今さっき此処から出て行った人! 誰!」  執務の手を止めた英慶宮に仕える官人たちは、みな一斉に彼女を見つめた。  時は()王朝。中興の祖と名高い七代目皇帝・徳帝(とくてい)の御世である。  半年以上前に起きた皇太子暗殺未遂の後始末や、先日終えたばかりの皇太子による成人前の儀式の余韻などなど。皇太子の住まう英慶宮(えいけいきゅう)は未だに人の出入りが激しかった。  彼女、朱 遼煌は国の第一公主でありながら、未だに未婚。  後宮を抜け出しては宮女たちの胃を痛めつけるのが日課であった。 「さっきの人?」 「ああ、楊職方司(しょくほうし)殿ですか?」  目の下に隈をこさえている痩せぎすの男が首をかしげると、隣で作業をしていた活気のある若者が代わりに返事をした。 「え!? もしかして楊一族の次男!?」  遼煌は若者――皇太子府(こうたいしふ)の属官の一人である劉巴(りゅう は)へと迫る。近づいてくる遼煌と自身の間に両手を突き出し、一定の距離を保った。 「いや、俺に聞くより楊殿に聞けばいいじゃないですか!」  鬼気迫る第一公主の姿に、楊職方司こと楊毅(よう き)が遼煌に何かしたに違いない。劉巴は強く確信を抱いて楊殿こと楊武(よう ぶ)へ話題を放り投げた。 「毅兄(き にい)がどうかしましたか?」 「どうもこうもないわよ!」  鋭い目つきで楊武を捉える。楊武もまた、兄が何をしでかしたのだろうかと背中に汗を伝わせていた。 「……おくさん、いる?」 「え?」  先ほどまでの気迫は何処へやら。突然小さくなった声に、その場に居た従者たちは耳を寄せた。  何事かと奥から様子を伺いに来た皇太子・朱 央晧(しゅ おうこう)が異母姉の姿を捉える。もじもじと肩を震わせる遼煌の姿を見て、眉間に皺が寄った。 「だから! 楊職方司って、結婚してるのって聞いてるの!」  活発的で男顔負けのあの第一公主が、顔を赤らめて頬に手を当て萎縮している。  その瞬間、誰もが悟った。とうとう彼女にも、春が来たのだと。
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