こころのカビ

2/2
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 この部屋だってスーパーから近いほうがいいとわがままを言ったのは私だ。彼の方が毎日、仕事で電車を使うというのに。自転車を使えば、少しくらい離れていても平気なはずだった。  彼はたくさん我慢していただろう。それでも「結婚しよう」と言ってくれた彼のことをもっと考えてあげるべきだった。愛されていると過信して、わがままを言い過ぎてしまったのだ。  二人だったら十分に消費期限までには平らげられていた六枚切りの食パンは、もう三日も期限を過ぎてしまっている。留め具のプラスチックを開け、かびていないか不安になりながら嗅いでみる。  トーストすれば食べられるだろうか。そう思いながら、食パンを持つ左手に視線が落ちた。  あの日からずっとしていた左手の薬指の指輪はもうない。  きっとあの指輪だけは、カビることはないのだ。長い月日だけが、朽ちさせてくれる唯一の愛の結晶を、私は手放してしまったのだから。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!