2話「ピアニッシモ」

2/5
26人が本棚に入れています
本棚に追加
/300ページ
 JR猪名寺(いなでら)駅前のコンビニエンスストアは、この夕方、それなりにお客さんで賑わう。普通しか止まらないこの小さな駅にも、学校や会社から帰路に着く人たちはいるのだ。やはり、由香が店頭に出ると何人かのお客さんが、列をなしているのが見えた。 「こちらにどうぞ」  レジに名札のバーコードをスキャンして、待機列のお客さんをさばいていく。慣れた手付きで、タッチパネルを操作して手際よく商品を袋に詰める。  二人で稼働して、一分もしないうちに成していた列が無くなった。ちょうど、その列が無くなったタイミングで来たお客さんを見て、由香の声のトーンが上がった。 「いらっしゃいませ」  由香がそう告げると、細身の女性は優しく口端を上げた。 「いつものやつお願いね」  グレーのノーカラージャケットが、ワインレッドに染まったガウチョの膝丈ほどまですらっと伸びている。腕にかけられたバッグは、飾らない程度に配慮されたものだ。爪先まで手入れが行き届き、程よい化粧はむしろ好感を高めている。  綺麗な身のこなしのこの女性は、由香が描く素敵な女性像とくっきり重なっていた。
/300ページ

最初のコメントを投稿しよう!