2話「ピアニッシモ」

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 彼女は、高校生のバイトである由香に、偉そうにすることもなく丁寧な笑みを浮かべ、いつも優しく接してくれる。その服装や態度から、気取らない仕事のできる女性だと容易に推測できた。こういう風に、自分はおそらくなれない。  由香は、何ごとも他人にまかせてきた。  バイト先も、奈緒美に誘われて始めたし、中学生までやっていたピアノだって母に勧められたからだ。ご飯を食べに行っても決めきれず、結局は友達と同じものを選ぶ。振り返れば、自らの意思で「これがやりたい」と言い出したことはない気がする。大学受験の志望校ですら、自分の身の丈にあった大学を選択した。  選択と言えば大層なものだ。先生たちが提示したいくつかの候補から、無難な選択をしたに過ぎない。それはいつもと同じだ。それに向かい努力こそしているものの、そんな努力は当たり前のことだ。 だから、目の前のおしゃれでかっこいい女性には永遠になれないのだ。  はぁ、とため息をつきながら、後ろの棚の一番端から、いつも彼女が指定するピンク色の細いケースを手に取った。 「ため息なんかついてどうしたの?」
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