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おかん男子は毎日、忙しい。
彼に興味があるに、いつも遠目で見つめることしかできない。わたしもその他大勢のひとりだと思われるのが恥ずかしくて、なんとなく彼に近づけずにいた。それでもいつか手に入れたい。
だって彼は……彼の作るスイーツはおいしいと噂になっているから。
わたしがどうしても手に入れたいもの。そう、それは……“伝説のパティシエ”と呼ばれる同じクラスの那砂深桜くんの手作りスイーツ。
彼の母親が経営しているおしゃれなカフェは、地元で有名な行列のできるカフェとしてメディアにも取り上げられている。特に日替わりで提供されるカップケーキは、早いときで午前中には完売してしまう。そのカップケーキのほとんどが彼考案だといわれている。だから伝説のパティシエと呼ばれ、クラスメートからも一目置かれている。
今日もお昼休みになると、彼の周りに人だかりができていた。みんなのお目当ては、カフェで提供される前の彼の新作カップケーキ。感想や意見をもらいたいからと、たまに試作品をみんなに配ってくれている。
「わかったからちゃんと一列に並べよ。今日は多めに作ってきたからさ」
それまで自分の順番が回ってくる前に売り切れてしまうのを心配した一部が押し合いをしていたのに、彼の一言で周りの空気が一変する。安堵した声をもらしながら彼の前に長蛇の列ができた。
「本当に人気だよね」
「本当だね」
ペットボトルのお茶に口をつけながら、カップケーキが配られていく光景をただ眺めていた。
「悔しいけどあいつのカップケーキってしっとりふわふわで甘さひかえめなのに本当においしいんだよね」
「そんなにおいしいんだね」
「えっ?茉莉花、食べたことないの?」
「ない……かな?」
「まさかこのクラスに食べたことがないやつがいるなんて」
大げさなほど嘆いている彼女を横目で見ながら「だって……」と呟きながら頬をふくらませた。
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