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わたしだって正直食べたい。でもわたしは小麦粉アレルギーを持っているから食べたくても口にできない。だからこうしてみんなが列をなして、「おいしい」って笑顔でカップケーキを頬張る姿をただ見ていることしかできない。
いつかわたしも那砂くんが作るカップケーキを食べてみたい。という願いは、わたしには夢のような話なんだ。
ひとつため息をつきながらおにぎりを食べていると、誰かがわたしの横に立ち止まるから、手元に影が落ちた。見上げるとそこにはカップケーキを差し出しながら、まるで幼い子供のような笑顔を浮かべる那砂くんが立っていた。
「文目さんはまだオレのカップケーキ食べたことないだろ?だからやるよ」
ふわふわとした甘い匂いがわたしの鼻をくすぐる。
「いらない……」
「なんでだ?遠慮してるのか?遠慮すんなって。ほら」
わたしの顔の前にカップケーキを差し出されて、悲しい気持ちと一緒に苛立っていく自分を抑えることができなかった。
「食べたくない……いらない!」
口調がきつくなって自分でも驚いてハッとする。周りの視線やざわめきがわたしに突き刺さる。
「そっか……悪かった……ごめんな」
傷ついたような顔で無理やり笑顔を作る那砂くんに胸がズキンと痛んだ。
違うの……わたしは小麦粉アレルギーだから食べられないだけ……本当は嬉しかったの。
その一言がいえずにわたしは押し黙ったまま、ただ離れていく背中を見つめることしかできなかった。
しーんとした教室の空気が居心地悪い。でもその空気を作ったのはわたしだ。那砂くんはわたしが小麦粉アレルギーだって知らない。だからまだ彼のカップケーキを食べたことがないわたしを気にかけてくれて、声をかけてくれたのに。わたしは那砂くんのやさしさを踏みにじって傷つけた。
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