おにいさんらは今日もどこかで

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20189403-baaf-407d-85dd-6624589971c4  そのサイトは日曜日限定で閲覧できるという、都市伝説の一つだった。 *********** @「人間」で解決できないお悩み・相談は此方まで。 @選ばれた方にだけ、ご返信いたします。 ***********  メールに添付された住所と写真を頼りに向かった先で半壊の地蔵を見つけた大守(おおかみ)は、より一層不安を募らせた。  薄暗い商店街はシャッター街と化した今も残されている。それが単純に「面倒だから」という理由だけで放置されている訳ではないことは大守にも分かった。  ……こんな場所を集合場所にするということは。 (この中のどれか、なのか?)  商店街を背に地蔵の隣に立った大守は薄気味悪い風を感じながらじっと待つ。5分、10分、20分。40分が経った頃、メールを開こうとした大守の視界にこちらへ走ってくる人影が見えた。 「あーすんません!電車止まっちゃってて遠回りしてきたんすよ~」 「……、ああ」  陽キャ。ぱりぴ。そして随分若い。想像もしていなかった人物に拍子抜けした大守の顔を見た青年は「?」と首を傾げた後、すぐ察したように頭を掻いた。 「あぁ、俺は主任の代理なんで。アシスタント?サポート的な?お付きの助手みたいな?」 「……なるほど、納得した」  なんか言いましたか、とむくれた青年に対する若干の苦手意識を抑えつつ、大守は急かすように口を開く。 「……その、本当に俺の悩みをちゃんと解決してくれるんでしょうね」 「んーまあ一応主任にはあらかた伝えたんで。多分大丈夫だと思いますよ」 「多分って……」 「ま、あと詳しくは歩きながら聞きますよ」 ***********  大守は、妻の奇怪な行動に悩まされていた。  夜中になると目を覚まし、窓辺へ行き空を眺めて謎の歌を歌いだす。  ただそれは歌、というよりは不可解な音の羅列。まるで何かに憑かれたかのように、毎夜変わらず虚ろな目をして月を見上げるのだ……。 「原因は分からない。病院へ連れていったが身体には何も異常はないと言われてしまった」 「なるほどね~、聞いただけならただの変人すけどね」 「俺がふざけて言っているとでも言うのか?」  声を荒げた大守に青年──弐鎌(にかま)は肩を竦めたが、歩みは止めずタブレットに何やら打ち込んでいく。 「いや、まあ……やばいとは思うっすよ。もしそいつがガチだったらあんたにも取り憑く可能性あるし……」 「……君らは除霊師の類なのか?寺や神社に関わる人間か?」  目の前の青年からはそういった雰囲気を見て取れないが……確認がてら問うた大守の方を振り向いた弐鎌は「ふーん」と目を細めた。 「どーせ俺のこと見て『こいつはそういう徳の高い人間じゃないな』とか思ったでしょ」 「……そんなことは、」 「へーへーそうですよっ」弐鎌は不満そうに唇を尖らせる。とあるシャッターの前で立ち止まるとタブレットをしまい、ほんの少しそれを持ち上げ大守を催促した。 「早く入って。あんまり開けとくと厄介なのが入るから」  ガレージのような空間に大きな駕籠(かご)のようなものが置いてある。奥の壁には薄っすら光を放つランプと木の扉。弐鎌がその扉の鍵を開けると部屋ではなく、すぐに地下へ続く階段があった。 「ちょっとフカフカしてるから気を付けてくださいね。あとこの時間は主任寝てるんで、お静かにお願いしゃっす」 (……もう昼過ぎなのに?)  階段を下りた先、さらに重厚な扉を開け中を覗いた大守は思わず言葉を失った。前にテレビで見たことある。こういうのは、あれだ、とかいうやつだ。  もしくはファンタジーというか……部屋全体が暗く、壁一面が大量の本や謎の道具で埋め尽くされ、さながら魔女の家のような不気味さがある。映画にでも出てくるかのような雰囲気に気圧され立ち尽くしていた大守は、その部屋の一番奥にある黒いレースカーテンで覆われた天蓋ベッドの前に案内された。弐鎌が小声で囁きレースを少し上げる。 「はい、ご挨拶。こちらが当主任の鵜方女(うがため)宏人(ひろと)。まあ鵜方女の方で呼べばいいっすよ。今は起こさないでほしいけど」  ……黒髪の青年が着物で身を包み横たわっていた。男性だろうと直感で分かったものの、長いまつ毛を伏せ眠るその顔立ちはまるで女優のような美しさもあり、大守も思わず見惚れてしまうほどだった。そして次に目についたのは腰丈より少し長い着物と、その先に伸びる脚── 「……ぇ」 「はい顔合わせ終わり。あとは最終確認っすね」  サッとレースを下げられ大守は中央に置かれたテーブルに案内される。目の前に紙を差し出し弐鎌はタブレットを弄り始めた。 「まず簡単におさらい。えーっと……何さんでしたっけ?」 「お、大守。大きいに守るで大守」 「オオカミさん……っと。で、相談内容は奥さんの異常を治すこと。毎晩突然歌い出す、昼間は普通、歌ってる間は意思疎通が不可能、その間の記憶なし、と」 「……えっと、そう、だけども」  大守は慌てて目をこすった。対面に座る弐鎌の膝上に尻尾が3本の黒猫が現れたからだ。突如見えたそれを恐る恐る指差し最初からいたかと聞けば、「……視えんの?」と弐鎌は目を丸くした。 「そっか、じゃあガチだわ……ならあとはあんた次第。それが契約書、兼請求書。全部読んで納得してもらえたら一番下にサインと拇印。うち報酬は現金オンリーなんで」  契約書には秘密厳守だの苦情返金対応ナシだのなんだのと言った注意事項が並び、最後に今回の依頼に対する金額が書かれていたが。 「じ、15……!?これ、0が一つ多くないか!?」 「これでも安く見積もってますよー。こいつが視えたってことはちょっと影響が出始めてるんで、手早く確実に解決しないとやばいしね」  唖然とする大守を黒猫がじっと見つめ、もしキャンセルするなら今のうちだと弐鎌は言った。 「まあ別に強要とかはないんで……どーしてもってんなら全部忘れてもらって無かったことにもできます。でも奥さんとオオカミさんの今後を考えるなら、主任に任せてくれれば……ってことですよ。うちはお悩み解決度100%だし。それを踏まえた上で、決めるのはあんたっす」  へらへらしていた態度から一転し真面目な顔で大守を見つめる弐鎌。それはあの鵜方女に対する圧倒的な信頼感からくるものだろうか。大守は先程見せられた青年に脚が『無かった』のを思い出し、そして妻の顔を思い出した。 「……いや、信じる。もう俺には君らを頼る他にないんだ……」  サインの済んだ契約書を受け取り、弐鎌は「どーも」と席を立った。 「交渉成立、そんじゃあまた今夜!あ、家の住所だけ教えてください」 「……い、今、起こさなくていいのか?」 「いーの!今は起きられないんすよ!日付変わる頃に家行くんで。お金と心の準備だけよろしくっす!」 ***********  ……。  ……駕籠が揺れてる。  ……。  ……りゅう? 「あ、宏人さん!おはよーございます、お仕事っす!」  ……そういえば今日だったね。 「概要は一番最初に言ったやつとほぼ変わらないっす。反応は出てるけど大した奴じゃなさそうっすね」  ……あまり(あやかし)を甘く見ない方がいいと言っているだろう。 「そーだけど。宏人さんなら絶対なんとかなるって信じてるし」  ……。  ……それもそうだな。 ***********  怯える妻を先に寝かせ、大守は落ち着きなくリビングを歩き回る。時間は既に24時から20分を過ぎている。あの二人はいつ来るんだ? (連絡先を聞いてなかった……)  やはり間違いだったかと頭を抱えた大守の耳に、小さな鈴の音が聞こえた。何事かと窓の外を覗けば、昼間見た駕籠を自転車で引っ張る弐鎌の姿があった。 「どーもっす、オオカミさん。奥さんちゃんと寝てます?」  玄関前で呑気に手を振る弐鎌に大守は不安そうな顔を隠さなかったが、するりと開けられた簾の奥にあの青年──鵜方女が座っているのを見て反射的に姿勢を正した。 「先程うちの者から紹介に預かりました、鵜方女宏人です。今晩はどうぞよしなに……」  真紅の双眸が大守を捉え、ゆっくりと丁寧にお辞儀する。上品な佇まいと凛とした声に息を呑み「こちらこそ、よろしくお願いします……」と大守は深々と頭を下げた。 「さて、時間も限られてるしちゃっちゃとやっちゃいますよ。寝室まで案内してくれません?」 「あ、ああ……そんないきなり始められるのか?」 「うちはスピード勝負なの!主任、今日はどのくらい起きてられます?」 「目が覚めたのが15分前だから……あと1時間半と少しかな」 「え、それってまたすぐ寝るってこと、です……?」 「だから早くしてって言ってんの、ほら!」  大守を先頭に立たせた弐鎌は早くしろと催促する。急展開に困惑しながらもとりあえず寝室の前へ向かい扉に手を掛けると、どうやって移動してきたか「待って」と鵜方女が大守の視界の下に立ち制止した。 「りゅう、いつもの渡してあげて」 「あ、そっか忘れてた。オオカミさんこれ付けといて」  手渡されたヘッドホンのような物をまじまじと見つめ「どういうことだ?」と問う大守。すぐ分かるから、と既にそれを装着した弐鎌に習い大守がそれを付けるのを確認してから鵜方女はそっと扉を開けた。  窓辺でか細く歌う大守の妻は無表情で月を見上げる。いつもと同じあの不気味なメロディーはなぜかヘッドホン越しにも鮮明に聞こえてきて、まるで脳内へ直接流れているような感覚だった。頭を押さえ唸る大守と妻の姿を交互に見て、弐鎌は「……やっべ」と声を漏らす。 「色々と憑きやすい状態みたいだね、彼女」  胸元からスプーンのような物を取り出した鵜方女はそれを窓の外に突きつけ、その刹那──白く煌々と輝いていた月が真っ赤に染まる。あまりの非現実に驚く大守を支えるようにして弐鎌が囁く。 「色々信じらんないと思うけど、まあ黙って見ててくださいよ。何が起きても、俺らに絶対危害は加えられない……主任が守ってくれるから」  突如、妻の周りをどす黒い靄が覆う。月を隠された妻は歌うことをやめ恐ろしい形相で邪魔者の方を見た。到底人間の見せるそれではない畏怖を目の前にしても鵜方女の秀麗な表情が崩れることはない。 「可哀想に……自覚がないんだね」  スプーンの中央に付けられた目玉型の宝石に触れる。鵜方女の周辺に蛇のような……巨大な一つ目の化物が現れた。その瞬間、限界まで開けられた妻の口からあの歌、の比にならない脅威の音が発せられる。 「うぐ、う!」  ヘッドホン越しの轟音に耐えられず大守はその場でうずくまり、弐鎌もさすがに耐え難いといった表情でしゃがみ込んだ。 (どうしてあの人は平気なんだ……!?)  正面からの音波を遮るように化物が鵜方女を守っている。それにしたって何も付けていない彼がなぜあんなに涼しげなのか理解できない。  何よりも、この異端なモノを相手にして、鵜方女は……。 「……もういいかい?」  音を出し切り妖力を失った妻は息を荒げ膝をつく。黒い靄の量が減り、苦しそうに倒れ込んだ妻に近づいた鵜方女は呆れたようにため息を吐いた。 「他人の声を借りた歌なんて……お前に成りはしないのにさ」  スプーンの先を妻の額に当て軽く印を刻む。黒い靄はだんだん影を無くしていく。怪異に蝕まれていた妻の顔はやがて穏やかになり、周辺に漂っていた妖気も完全に晴れていった。  月はもう、以前の輝きを取り戻している。 *********** 「今日は天気がいいから、散歩でもしないか?」  大守の提案に妻は優しく微笑んだ。あれから体調も回復に向かいあの歌を歌うこともなくなった妻は、以前のように穏やかな日々を過ごしている。大守を悩ませていたものが無くなり安心すると共に「一体どうやって解決したのか」と妻は素朴な疑問を抱いた。 「ああ、実はその……俺もよく分からなくて……いや、専門の方に診てもらったんだ。それは覚えてる。でも、どんな人だったか……」  そもそもあの日の夜に、何かがあったんだけれども。  大守も妻も、揃って『記憶が曖昧』なのだ。 *********** 「オイ三ツ矢(みつや)、宏人さんに触んな」  記録整理をしに事務所へやって来た弐鎌は黒猫をベッドから下ろしパソコンを開く。最新の依頼内容をデータでまとめた後、サイトに投稿された新しい依頼内容にざっと目を通していく。 「これもダメ、これもこれも……なんだよ話し相手って!フツーに人間相手でもいいだろそれは!」  黒猫──三ツ矢は軽い身のこなしでベッドへ飛び乗り、眠る宏人のお腹の上に座りあくびをした。それを見て弐鎌は再度ため息を吐き、宏人から引き離した三ツ矢を膝上に乗せてパソコンを凝視する。 「お前も一緒に見てくれよ~~俺だけじゃあ全然分かんないからさあ……今回の相談、マジのやついそう?」 「……」 「あ、これ?えーっと……『ここしばらく帷山(とばりやま)で神隠しがあったと噂されています。友人も連れていかれてしまったので探してほしいです』……ええ?これこそただの遭難被害じゃん、まず警察に相談しないと……」  にゃお、と三ツ矢が一鳴きすると、カーテンの向こうで布ずれの音がする。「あっ」と弐鎌は席を立ちカーテンをそっと上げてはにかんだ。 「宏人さん、おはよーございます。今日は珍しく早起きっすね」 ***********  大体は夢の中で把握している。  寝てはいるけど起きている。夢の中で色々なことをしている。所謂「明晰夢」というか、似たような何か……ちょっと説明がしづらいけど。  とにかく、だから私が寝ている間も現実がどうなっているかはなんとなく理解している。  ……あぁ、そろそろ今日も起きる時間だね。  りゅうはなんだか嬉しそう。  『目玉模様の服を買った』と言ってたから、それを私に見せたがってるんだろう。    ……それ、私だから特に何も思わないけど。  周りの人から『怖い』って言われないのかい?
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