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第六感とかそんなことを言いたいのではない。まあそういう力に憧れていた時期はあるけれども。全力で集中した感じの呼吸を習得しようとして、大きな深呼吸しかできなかったけれども。おっとそうではなくて。
なんだかチクリとした妙な感じ。視線……なんだろうけど。俺が全力でチャラ男モードを装っている時にこんな視線は感じたことがなかった。ただの勘なのだが。嫌な感じの目線だったような気がする。ほんの一瞬なのにこんなにも気になってしかたない。
そっと周囲を伺って見るが、みんなざわついているだけで誰のものなのかはわからなかった。
「どうした。泉。」
頭を千廣がぽんぽんと軽く叩く。こっちをちょっとかがんで、真っ直ぐ俺を見ている。それだけで、ほんの少し安心した。
「いやなんでもねーよ。」
「そうか……。クッキーちゃんと渡せよ。」
「催促するの早いな。ま、感謝してるから任しとけ。味の注文なんかあるか?」
「チョコとイチゴとラズベリー」
「味の趣味が少女なんだよなお前。りょーかい。」
お互いに聞こえるくらいの小声で話しながら、そっと食堂を出ていく。鹿くんや旋真・由真にまた後でねーと手を振って、無理やり気分を入れ替えた。
この学校で、鈍感すぎるのはまずいけど、敏感になりすぎれば生きていけない。イベントの発生がスマホゲームよりも乱立しているのだから。いちいち一切の覚えがない新聞部のスキャンダルに過剰反応していれば、多分俺は今頃不登校だ。
笑ってごまかして、気づかないふりをする。
だって俺は正義の味方じゃないから。漫画の中の主人公に憧れるのは『自分がこうなりたいから』じゃなくて、『自分がこうあれないから』だってことはとうに知ってる。ちょっとだけ大人になった時に誰もが覚える処世術。かっこよくはないけど、そうしていかなくちゃ……やっていけなくなる。
顔を崩さないようにしながら、少しだけ暗くなった俺の横で千廣が頬を掻きながら言った。
「面倒事はあんま好きじゃねえけどよ。なんかあったら言えよ。泉。」
「ん。ありがとな千廣。」
……大丈夫だ。俺はその違和感を見ないふりすることにした。
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