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後ろを振り向かなくてもわかる。これは紛れもなく鴇くんだ。だけど、振り返ってはいけないと本能が言っているために、俺は頑なに前を向いた。目の前のヤンキーの顔色が見る見るうちに悪くなっていくのには少し笑えてしまった。
俺の肩にそっと手を乗せた鴇君の合図で、どうにかゆっくりと振り返ると苦笑したままとても綺麗な笑みを浮かべていた。
「お探ししましたよ。久瀬先輩。どうやらこの後雨が降るようですから、船内に戻られた方がよろしいかと。」
「あ、う……うん。ねえ、どうやって彼を黙らせたの……?」
小声で聞くと、鴇君は首を傾げた。
「どなたのことでしょう?」
「目の前で、青い顔をした彼らのことだけど……?」
「さっぱり見えませんね。」
「完全黙殺を決めてらっしゃる……?」
冗談ですと笑っていたが、多分俺が突っかからなければこの後輩存在まるごと無視する気だろう。強いなこの王子。
「権左君。アレイ君。君達も船旅で疲れているだろう船内に戻ったほうがいい。そうでもなければ、久瀬先輩にそんな非礼を働けるわけないもんね。」
「いや……まだ話は……」
「アレイ君にはお話がまだあるんだね。それは遮ってごめん。僕と久瀬先輩をわざわざ引き留めて、一年生の君が、どうしてもこの場で至急に言わなくちゃいけないことが、あることに全く気がつかなかったよ。さあどうぞ。」
口調も言い方も優しいがやたら強調されている気がする。にっこりと笑みを浮かべた鴇くんに、爽やか君は閉口した。しかし、ヤンキー君の気概は落ちていないようで睨むのはやめない。そんなに頑張って険悪にならなくたっていいじゃないかと眉を寄せる。それを見て困ったように頭をかいた鴇くんは、少し肩の力を抜いた。
「そういえば……笹ヶ峰くんの好きそうなビュッフェ形式のレストランが開店の時間のようだけれど。確か、近くに遊戯室……確か日本でいうゲームセンターみたいなものも特設で設置されたようだよ。室内でも遊べるから君達も行ってみたらいいんじゃないかな。」
その言葉を聞いてハッとした顔で、ヤンキーも爽やか君も王道を見る。
王道はというと旋真と何か話していたが、視線に気がついてかこちらを向いた。
「……爽が楽しければそれでいいしな。俺は。」
「そういう事情でしたら、まあ爽を今回は優先しましょう。」
穏便に一年生二人は引き下がって、王道をつれて船内へ入っていった。
「優しいね。鴇君は」
俺が呟くと、少し恥ずかしそうに鴇くんは肩をすくめた。
「喧嘩が苦手なだけですよ。」
衝突するのが嫌だなーと俺が少し思っていたのを察して、もめる方向ではなく穏便にこの場を修めてくれたのだろう。俺は基本騒ぎになることも対立も好まない。それを知って、微塵も俺の為だとか言わないで手助けしてくれた。優しいのは鴇君自身もだけれど、俺に対して……鴇君はあんまりにも優しい。
後輩に甘やかされているようで、先輩と恥ずかしいなとおもいつつそのスマートさに今はただ感謝していた。
鴇晴馬……貴方って恐ろしい子!
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