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俺の言葉を軽くうなずいて、千廣は受け入れる。だけどどこかいつもより雑で荒々しい感じがした。
「で。どうしてナイスタイミングで逃げてたんだよ。」
少し落ち着いてから話を切り出すと、一瞬無表情が崩れて、千廣は眉を寄せた。
「知らん。俺を捕まえるというよりあの一年らは泉を探してた。だから引き付けながらお前を探しつつ逃げてたら動けないお前がいた。以上。」
「やっぱり探されてたのか……」
「なんかしたのかよ。」
「心当たりがない。マイナスゼロ。ストロングゼロ。」
首を竦めると、「嘘だろ……」という視線で見てくる千廣が。うるせいやい。俺はトラブルメーカーなんかじゃない。そう思ってしっかり見返すと千廣は両目を閉じた。何か考えている合図だ。
ゆったりとした沈黙が満ちる。
この掃除ロッカー意外と綺麗だなとか、からっぽで良かった男二人普通入れないよな。とか意識を飛ばしてみる。無言の時間は居心地悪くなかったが、どうにも俺が暇だった。なにせこのロッカーの中でやることなんてないものでして。
しばらくしてわずかに金色を帯びている千廣の瞳が開かれた。
唐突にしかし丁寧に。千廣は包み込むように俺の両手を握った。ガラス細工を扱うみたいに優しく、慎重に。
不思議な顔をして千廣を見ても、仏頂面の彼は何も言わない。俺と軽口はたたく癖して、基本的には無口で言葉が足りないのは中学生の出会ったあの時から変わらない。ただそうしようと思う確固たる意志を感じたので、体から力を抜いた。
無骨で筋張った指と厚い手のひらは、薬指と小指の付け根に豆があった。今は部活でバスケをしているが、家の都合で続けている剣道はまだ衰えていないらしい。そんな硬い手は直接温度を移してきた。
「落ち着いたか。」
その顔に表情は読みとれないがどしりと低い声は、僅かに柔らかかった。
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