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久瀬先輩から落ちたのは銀に光るブローチ。咄嗟にしゃがんで拾おうとして、違和感に気がついた。
ブローチは最上階の階段の滑り止めにぴったりとくっついて……硬く離れない。それはまるで
「……磁石」
ぼそりと久瀬先輩はつぶやいた。その通りだ。磁石で吸い寄せられたみたいにがっちりくっついて取れないのだ。
「もしかして――ちょっとそこで待ってて‼」
久瀬先輩はすこし妙な歩き方の早歩きで少し離れたところのブレーカーに手を伸ばした。各フロアに設置されたそれを何の躊躇もなく……落とした。
すべての電源が落ちる。明かりは消えて夕焼けごしのステンドグラスの光がきらきらと降り注いで満たされる。
「鴇くん!そのブローチ、取れる⁉」
声が聞こえて、手元を見れば。僕の手の中にその銀のブローチは収まっていた。遠くでも見えるようにブローチを掲げてみせると、久瀬先輩は表情を明るくした。オレンジ色に包まれて少年みたいなその表情は品よりも……
「…………かわいい。」
「なんか言った?鴇くん。」
いつのまにか俺の傍に戻ってきていた久瀬先輩が俺を覗き込む。独り言はどうやら聞かれていないらしい。
「付き合ってくれてありがとな。でもこれではっきりした。この階段には……」プルルルル
久瀬先輩のポケットから着信音。
僕に一言断わってからその発信源を見てなぜか一回深呼吸し、久瀬先輩は電話を電話を取る。
「はい久瀬です。なんでしょう会長さん――トラブル?停電?…………あ、そ……その。それ多分俺がブレーカー落としたせいです。すみませんでした!なんですか理由?それは――とにかくブレイカー戻します!後で説明しますので」
ブチっと電話を切り、慌ててブレイカーを戻しに行こうとした……のを察して、僕が走って先にブレイカーを戻しに行った。さっと電気が戻ったのを確認して久瀬先輩の元へ戻る。
「あの、差し出がましいこととは承知しているのですが。」
壁に体をもたれかからせた久瀬先輩の深い紫がかった瞳が俺を映し出す。
「久瀬先輩。足、怪我されていませんか?」
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