四時間目 雨降って固まるのは

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思いの外早歩きで俺は学園を闊歩する。行先は学園の中でも少し高めのカフェだ。今の時期なら庭園のテラス席が開かれており、静かでそれはとても綺麗なのだ。周りの人に声をかけられつつ笑顔で返事をしつつカフェに入る。名前を伝えた瞬間に奥に通されたので、足音を忍ばせて囲いのある東屋のような席に近づいた瞬間。 「思ってたより早いんですね。久瀬さん。」 「あらら。ばれちゃった?キキくん。」 奥に座っていた少年は声変わり前の高く、それでいて感情の乗っていない声で泉璃に声をかけた。振り返り、こちらを見て軽く手を挙げる。半袖のシャツにクリーム色のベストを着て、美しく大きな瞳は無感情に揺れていた。その表情に少し微笑んでから泉璃はゆったりとキキと呼ばれた少年に近づくと少年は立ち上がった。泉璃の4分の3ほどしかない身長はその年齢をはっきりと表しているが、胸についたネクタイはきちんと高等部のものだった。 「俺キキくんとのデート楽しみにしてたんだー」 「デート……?そんなつもりで来てたんですか?」 「だって一対一で定期的に出会って、一緒に好きなことをするなんてデートじゃないの?」 「広辞苑を読み返すことをお勧めします。久瀬さん。あとキキってどういう……」 「喜兎(きう)奇跡(きせき)くんじゃん。だからキキってかわいくない?」 「……!!あだな、ですか?」 「そう。嫌だった?」 「……いえ、別に」 すぐにプイっとそっぽを向いてしまった。彼の名前は喜兎奇跡。まだ10才でありながら俺のクラスメートでもある。簡単に言えばこの学園の厳しい飛び級基準を潜り抜けてきた幼き天才。名前になぞらえて奇跡の子なんて言う風に言われているが……。そんなことを考えていると遠巻きから視線が感じる。いつも以上にじろじろと見られるのは異様な組み合わせだからだろう。かたや生徒会会計のチャラ男。かたや天才ともてはやされる神童。 「そんなことより!はやく始めましょう。」 視線を遮るように声を出して。真面目な顔になってキキくんは参考書を広げ手持ちのアイパッドを出し俺はノートを広げた。お互いの手元には大量の数式の羅列。 「今日はカラテオドリの定理から証明していきましょう。」 「うんn 次元ユークリッド空間よな。」 「やっぱり名前からして面白いよね。今回は測量法じゃなくて凸包に関するカラテオドリの定理を――」 俺たちの共通点。それは、どちらも物凄い数学オタクということである。
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