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お互いの目線が交差したとき、後ろから小さな足音がした。と思うとそれは近づいてきて、荒々しい息の音に変わった。
同時に振り向くと、そこには走ってきたのであろう奇跡くんことキキくんがいた。
「キキ君どうしたの!?」
咄嗟に差し出した手には触れずにキキ君は荒い呼吸を整えた。
「すみませ……はやとちり……だったみたいで。」
「はやとちり?」
「だって、久瀬さんが泣きそうな顔で走っていくから……」
そう言ってまだそう広くもない肺を必死に動かして彼はゼイゼイと呼吸をしていた。それを聞いていた千廣は俺に聞こえないような小さな声で「泣きそうな顔……」と呟く。
「そんな顔はしてなかったと思うけど……ごめん心配かけちゃったね。」
おそらくその泣きそうな顔っていうのは必死で走り出した切羽詰まった顔のことだろう。かがんで目線を合わせた俺にキキ君は顔をそらす。すねてしまっただろうか。すると思わぬ方向から声がした。
「お前さ。誰と一緒に合宿いくんだ。」
「オマエじゃ誰のことかわかんないんだけど。」
「めんどくせえな。」
「なにそれ。名前呼ぶのもご不快ですか。ああそう。」
「言いたいのはそういう事じゃないんだよ。いちいち突っかかんな泉。」
「ハイなんですか千廣。」
お互い喧嘩モードで若干中学の頃に戻りかけている。しかし真顔で振り返ると温度の低い瞳で千廣は俺を見ていた。
「で、メンバーはそこの喜兎と月城あたりか。」
「あと風見皐月くんね。キキくんは今誘おうとしてたところ。」
ふーんと言ってからぐっと顔を寄せてくる。
「泉。それ登山するメンバーだけど大丈夫か。」
「大丈夫ってなにが??」
「体力。サバイバルまではさせねえだろうけど、それなりに体使って登山の後に自炊だぞ。寝床の設営もある。それでもう一回聞くが、……大丈夫か。」
その言葉にぐっと言葉が出てこない。まだ年齢的に10歳で発展途上の体力であるキキくん。俺らがたいしたことないと思ってる距離でもこれほど息切れするのだ。あまり負担はかけたくない。それから雫。彼は作家先生。つまりインドアの極みだし運動は苦手の部類だったはず。そして皐月くん。彼はほどほどには体力あるだろうけど……慣れない山登りを鑑みるとフォローをお願いするほど体力は期待できない。俺は運動するたぐいだけどスタミナにはあんまり自信がない。
この俺の表情をじっと観察していた千廣は軽くため息をついた後。はっきりと断言して言った。
「俺も一緒に行く」
「何勝手に……」
「お前と喧嘩する以上に今後の心労を秤にかけた。嫌なら俺が安心できる状況を説明してから言え。」
その低い声にはまったくもって反論がでてこなかった。
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