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鋼鉄のクール・ストラッティン
元警察庁祓魔課の出戻り ワルプルギスの終焉編
パンプスの靴音が響く、それはすなわち県立青葉大学付属高校の男子生徒達をざわつかせ、心を揺さぶる日常のサインだった。
生徒達の噂話が聞こえてきた。
「うひょう。いつもながら凄え巨乳。なあ、諫早先生って男いるのかな?」
「東の戦闘民族って言われてるのに?いる訳ねえだろう。ああでも!あの尻に顔突っ込みてえ。存在自体が勃起不可避って、そんなエロ巨乳が教師やってていいのか?」
「馬鹿。声でけえよ殺されるぞ。ああ見えて空手部の臨時コーチだぜ。俺覗いて小便漏らしかけたぜ。諫早先生ってサンドバッグ叩かねえんだって。巻き藁って知ってるか?板に藁巻き付けたもんだ。琉球空手なんかで使われてる奴。先生、鉄板で作った巻き藁を指だけで穴だらけにしたんだ。最終的には足の指で巻き藁が貫通した。あれが人間だったらって思って告白諦めた奴は腐るほどいるってよ。現に、ヤンキーの生徒がある日無理矢理先生襲った時、どうなったと思う?10メートルすっ飛んだってよ。暴力教師に暴力振るわれたって入院した病室で騒いだけど、誰も見えなかったそうだ。前蹴りが速すぎて。最近流行りの魔女の腕に抱かれるか、先生の蹴りを食らうのとどっちがましか、って話だが。俺ならどっちも嫌だぜ」
足音が近づいてきた。カツカツという音に、噂話をしていた生徒達は縮み上がった。
「君達、何を話していているのかは想像がつきます。流言は慎みなさい。あの 、それから」
珍しく慌てた現国の教員、諫早真琴は、怜悧な銀縁眼鏡を押さえながら言った。
「さ、3年の勘解由小路君は、いえ、彼はいつもどこにいますか?別に用という訳ではありません。彼、教室や校舎にいつもいないのです。いえ、そうではないんですが!」
「ああ、勘解由小路ですか。あいついつもいないんですよ。登校だけはしてるみたいで。あ、部室探してみました?ジャズ同好会の」
「そんな部は存在しませんが」
「いや!ですから!勝手に活動してるそうですよ!あいつあの体ですから。多分音楽準備室に。あいつのトランペットは先生達の間でも意外に評判で。音楽の安仁屋先生も黙認してるそうです。噂じゃあ安仁屋先生が勘解由小路と。ってのもあったんですがね。まあ安仁屋先生独身だし。先生と仲がいいって聞いてますけど」
「何故、そんなに詳しいのですか。いえ、それ以前に、千代子の癖に」
ギリっという歯軋りと、ゴキゴキっという拳を握りしめる音が聞こえ、生徒達は真底ビビっていた。
「ひいい?!いやだって!新聞部3年の片山俊文です!情報漏洩は決して許さない男です!」
「そうですか、ありがとうございます」
踵の骨が砕けるような靴音が遠ざかっていった。
「諫早真琴の冷徹。って有名なのにな」
「流石新聞部。でも、俺もうお前と関わりたくねえな。片山」
名もない男子生徒はそう呟いた。
そう。世界は突如変容してしまった。
世界は今、邪悪な魔女の脅威に晒されていた。
いつ、誰が襲われるのも解らない。突如やって来る魔女の腕に引かれると、男も女も、老いも若きもなく、その姿は消えてしまうのだった。
真琴が、その腕と対峙したのは1週間前だった。
無数に襲いくる腕を蹴り払い、手刀で切り裂いたが数が多すぎた。
足を捕まれ、開いた暗がりに引っ張られようとした時、真琴を守る者が現れたのだった。
不可思議な、仮面舞踏会の仮面を付けた誰かは、一瞬で無数の腕を消滅させていたのだった。
真琴は、無言で去っていく少年が、足を引きずっているのを目撃していた。
その少年が誰なのか、翌日に知った。
多くの生徒達の中に、不可解な存在感を発する少年の姿があった。
若年性の半身麻痺という大病。それを越えて、異常な知性でもって、この青葉大学付属高校に通う生徒の名前は、勘解由小路降魔と言った。
勘解由小路の姿を、真琴はずっと探していた。
片山の言う通り、登校しているのは間違いないが、授業を受けていた形跡はなかった。
音楽室は校舎の構造上、一番高い四階にあった。
準備室のプレートには、音楽準備室ボヘミアと書き足されていた。
更には、扉の曇りガラスには、ダニンガンと書かれた紙が。
それはジャマイカンのはずだ。ボヘミアンじゃない。
そう考えながら、真琴が扉を開けると、そこは異様な空間になっていた。
高価な調度、家具に囲まれた部屋の真ん中で、少年が一人、片手でトランペットを吹いていた。
伴奏のピアノを弾いているのは、マスクを付けた初老とおぼしき男性だった。
彼のトランペットが、寂しい音を奏でていた。
ミュートというらしい。そういう器具をトランペットのラッパ部分の中に装着した少年と老人の、たった二人のセッションだったが、不思議と郷愁を誘った。
一夏の思い出を喚起するような曲は、わずかな余韻を残して終了した。
少年が振り返った。
魔女殺し、勘解由小路降魔と、諫早真琴は、無言で見つめ合った。
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