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嘘の代償
嘘つきは、嘘をつくことを決して止められない。 嘘をつく行為自体が存在意義となり、真実の重みが薄れてしまうからだ。 嘘とは甘美で、遅効性の毒のようなもの。
まるで蜘蛛の糸のように絡み付き、抜け出せなくなってしまうのが“嘘”というものだ。 そしてここに、その代償を払ってしまった者がいる。
小学四年生という若さでその魔力に憑り付かれ、抜け出せなくなってしまっていた。
「ねぇお母さん! 見て! テストで、また100点を取ったんだ!」
「別に100点を取れなくてもいいのよ。 それとも、凄く悪かったの?」
雷(ライ)の母親は、雷の嘘をつく悪癖をよく知っていた。 雷の言葉をそのまま信じることはなく、曲解する癖がついてしまっている。
「いや、本当なんだよ! ほら、答案もある!」
「ふぅん・・・。 本当ね。 カンニングとかしていないでしょうね?」
「してないしてない! するわけないじゃん! 俺の成績がいいのは、分かっているでしょ?」
「成績はよくても、アンタの言葉は信じられないのよ。 問題があったら学校に呼ばれるのは私なんだから、もっとちゃんとしてちょうだい」
その言葉を聞き酷く悲しんだ雷は、期待を込めて新聞を読む父親に言う。
「お、お父さん! お父さんは信じてくれるよね?」
だが新聞を下ろした父の顔は、酷く歪み不快感を露わにしていた。
「お前の言葉を誰が信じる? 何度も何度も何度も何度も、迷惑をかけかけかけかけ、許さん許さん許さん許さん」
突然父親の顎が外れたかのように口がカタカタと動き、それに呼応するよう母親の顔も豹変した。 あまりの恐怖に驚いた雷は、その時初めてこれが夢だと知る。
「わああぁぁぁ!」
跳び起きて、キョロキョロと辺りを見渡すといつもの自分の部屋だった。 ホッと胸を撫でおろす反面、自分の潜在的な恐怖を改めて感じる。
―――嘘からは逃れられない。
―――俺は、嘘を吐き続けなければいけないんだ。
朝食の時、母親と父親を前にした雷は一言も話すことができなかった。 雷は生来の虚言癖を持っているわけではない。 両親の前では、基本的に嘘はつかないようにしている。
それでもあのような夢を見てしまったら、二人が嘘を吐く自分をどう思っているのか、不安になってしまうのも仕方ないだろう。
「ご馳走様、行ってきます」
それだけを言うと、雷は学校へ行くことにした。 雷はある意味では、人からの一定の人気を得ていると言える。 登校していて、肩を叩いて挨拶をされたのがその証拠だ。
「おっす、雷! 今日の給食って何だ?」
にこやかに笑顔を向けてきている彼は、雷が大嘘を吐くことを期待している。 雷にはポリシーがあり、聞いて簡単に分かる嘘しか吐かないようにしていた。
「クジラの活け造りって聞いたよ! でも、クジラは陸に上げると死んじゃうから、船の上で料理して食べるんだって」
「ぷっ、そんなわけねーだろ! 今日の給食は、ソフト麺の味噌ラーメンだよ」
それだけを言って、彼は背中を向けた。 友達と合流し、何かを話している。
「突然どうしたのかと思ったよ」
「いやアイツ、大嘘をついて面白いからこうやって話しかけてんの」
そのようなことを言っていた。 雷はこちらを見ている三人組に、笑顔で手を振る。 これが雷の日常だ。
―――嘘を期待して近付いてくる人たちは、俺のことを信用しない。
―――友達には絶対になれない。
全てを曝け出し、嘘を止めることもできたのかもしれない。 だが、雷は怖かった。 それを止めてしまえば、独りぼっちになってしまうのではないかと思ったからだ。
「あ、雷くんおはよ! 私とタクト様の、相性占いをしてほしいんだけど?」
今度は女子にも話しかけられた。 彼女ももちろん、雷の大嘘目当てだ。 雷は大嘘をつくのと同時に、人を傷付けることは言わない。
例え嘘だと分かっていても、気持ちのいい言葉を聞くためにこうして話しかけてくる人もいるからだ。
「相性? ちょっと待っててね。 うんばらへんぎゃーほねほねほー!」
「ドキドキ」
「物凄くいいね! 話すだけで二人は恋に落ちて、プロポーズは夜景の見えるレストランで! って出たよ」
「きゃーッ!」
タクト様、というのは最近人気の俳優だ。 その甘いマスクと美声に、女性ファンは多い。 もちろん雷は、占い師としての力なんて全くないし、女子も本気で信じてるわけではない――――はずだ。
というのも、以前似たようなことを言い、それを信じ込んだ女子から反感を買ったことがある。 今でもそのことは頭にあるが、だからと言って止めることもできなかった。
女子はうっとりした表情を浮かべながら、雷のもとから去っていく。
―――まぁ、こんなもんか。
―――・・・大丈夫、ちゃんと俺らしさを保ってる。
そうは思うが、嘘を吐きたくないという自分もいる。 二つの自分が、よく心の中で葛藤していた。
“相変わらず、素直になれないねぇ”
幻視幻聴。 本来ありもしないはずのそれが、雷には見え聴こえてしまう。
「うっさい、出てくんな!」
“いやいや、俺は君自身の心だよ? 君が勝手に、俺を具現化しているだけさ”
「勝手にって、俺はお前を具現化しようだなんて一度も思ったことがない」
“だから、勝手にって言っているんじゃん。 分かんないかなー? 俺が君の前に現れるっていうことは、何かを抱え込んでいる。 そうだろう? 何も意識をしなかったら、俺は現れていないんだから”
「何を言っているのか、サッパリ分からないね」
“分かっているくせに。 本当は嘘をつくことに、うんざりしているんだろう?”
「はぁ? 何を言っているんだよ。 いつ俺がそんなことを言った?」
“口では確かに言っていない。 でも俺は、君の心、だからね。 君が思ったことは、全て伝わってくるんだよ”
「・・・」
“素直になっちゃえばいいのに。 そしたら俺はいなくなるし、きっと気持ちも楽になるよ”
「・・・何を言っているんだか。 万が一、俺が本当に素直になったとしよう。 素直になった俺なんて、本当の俺じゃないだろ」
実際、素直に全てを曝け出したらどうなるのか、そのようなことは今まで何度も考えてきた。 だけどいいイメージは全く湧かない。 嘘をなくして残るのは、信用も失って孤独になった薄っぺらな自分。
それならば、嘘を吐き続ける道を選ぶしかなかったのだ。
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