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3:失ってはいけないもの
「何してんの……」
俺が消すわけないから、犯人は晶だ
自分の番号もなにもかも、消去していったんだ
連絡すらできないようにーーー完全に。
本気、なんだ?
本気で
俺たち、別れるの?
っつーか、もう別れてんのかな
これって俺がフられたことになんの?
フラれるとか初めてなんだけど……
なぜか笑いがこみ上げてきて、俺は肩を震わせながらキッチンに戻った。
冷蔵庫から出した料理を見やって、気付く
全部、俺の好物だ
晶は料理が得意で、どれもすごく美味しかった。
初めて手料理食べた時は感動したな
あ、あと綺麗好きだから家事全般得意で、文句言いながらも色々やってくれた。
もちろん俺だってゴミ出しとか風呂掃除とかできることはやってたけど
今日から、全部全部どうしろって言うの?
考えたら同棲前は自分でやってたんだけど……今さら出来る気がしないよ
炊飯器にはいっぱいの白米
茶碗によそっていつもの席に置く
おかずのラップをとって、少しだけ温めてから食べてみた。
美味しい、かな
よくわからない
なんか、味がしない
食事中ふと顔を上げれば、目の前にはいつもニコニコして「おいしいだろ?」を連呼する晶がいた
毎日飽きもせず、楽しげに人の食事風景を眺めてた晶
そして俺よりもたくさん食べるんだ
口いっぱいに詰め込んで、嬉しそうに笑って。
そういや最近、俺外食が多かったかも
いや、まぁ晶が遅くなる日が多いからなんだけど。
でも、なんだ。もう食えないって分かっていたら昨日だって……
ーーーもう、食えない?
もう、二度と?
カランという音に我に返ったら、いつの間にか箸が手から滑り落ちていてーーー取ろうと伸ばした指の震えに気付く
なに、俺
どうしたの
どんだけ動揺してんの
“恋人”なんて面倒なだけ
かわりなんていくらでもいる、だろ?
そうだよ、恋人が必要ならアドレスに入っている中から適当に選んで彼女にしたらいいんだ
そんな、簡単なこと
なのになんで
晶以外のヤツが『ここ』にいることを、想像できないんだろう
「〜〜〜あぁもうっ!!」
ガタンと派手な音をたてて立ち上がると、俺はもう一度寝室へ戻った。
携帯を手に取り再び連絡先を開いて、流れていく名前を見つめる
新しい彼女候補を探すつもりだった
なんなら男でもいいと思った
だけど、俺の目は
俺の心は
晶に繋がる道しか、探していなかった。
共通の友達とか
職場の同僚とか
晶に繋がる可能性があるならなんでもいい
そう思っているのに……
何も見つからないまま、またふりだしに戻るんだ
「なんでだよ……っ!」
思わず力任せに携帯を投げつけて、ボフっとシーツに沈むそれを眺めても何も感じない
携帯が無いと生きてけないんじゃないかって思っていたのに、今はただ、役立たずで無意味な存在に思えた。
思い知らされる
あんなに近くに居たのに、晶のこと何も知らない
晶の友達とか、職場とか、家族とか
何も知らないんだ
この家以外の居場所なんて
俺以外の関係なんて
晶には無いと思っていたんだ
ーーーそんなわけ、ないのに。
「晶……どこにいるの?」
昨日出て行くことになったのは突然だったはず
なら大荷物抱えて急に行ける場所なんて限られているはず
倹約家だからホテルに泊まったりはしないと思う
となると、一番に思いついたのは実家
他のダレカのところ……ってのは、思いつかなかった。考えたくなかっただけかもしれないけれど。
晶の実家どこだっけ
って、思い出すわけがない
知らないんだ……
そんなに遠くないとは言っていたけれど、詳しく聞いたことないし晶も話したことない
出会った時にはすでに一人暮らししていた晶
家族の話は……と考えた時、1つだけ思い出した。
あれは、多分同棲を始めてすぐくらい
晶のじいちゃんが死んだんだ
俺も一緒に行くよと言ったけれど、晶は大丈夫と言って一人で実家に帰ったっけ
通夜や葬式が終わって数日後家に帰ってきた晶は、ただずっと俺の隣に座っていた。
俺に寄りかかってボーっとしている晶に、「泣きなよ」って言ったら
『笑顔でさよならしたいから』
って、微笑んだんだ。
あぁ、そうか
昨日の晶の笑顔は、あの時と一緒なんだ
晶の中で
本当に俺とは終わったんだ?
永遠の、別れなんだ……?
「なにそれ……っ!」
なに勝手に終わらしてんの?
こういうのって、2人で決めるもんじゃないの?
そんな急に、はいさよならって……それで終わりなわけ?その程度の、繋がりだったわけ?
浮かんでは消える晶の顔
笑った顔も
怒った顔も
泣いた顔も
こんなに鮮明に思い出せるのに?
水色が好きで
ハンバーガーが苦手で
酔うといつもより甘えたになる
そのすべてを覚えているのに?
きっと、俺以上に晶のことわかってるやつなんていないよ
……って、わかってないからこんな事になったのか
ねぇ
昨日の夜、抱き締めていれば良かった?
花なんて買わなきゃ良かった?
ちゃんと謝ってれば良かった?
すぐ追いかければ、良かった?
……違う
浮気なんか、しなきゃ良かったんだ
ずっと晶だけを見て、晶だけを抱いて
一緒に居られる時間が減って寂しいって
晶がどんどん離れていく気がして怖いって
ちゃんと、言えばよかったんだ
そうしていれば、こんな事にはならなかったんだよね?
1人の時間が嫌いで
晶がいないならと外に遊びに出かける日が増えて
相手はいくらでも勝手に寄ってくるから、いつだって軽い気持ちで遊んでいた。
でも、それはあくまで遊びで
ほんの少し、当てつけの気持ちもあって
間違っても
晶を失ってまで、やりたかったわけじゃない
「晶……」
気付けば俺は、家を飛び出していた。
走って
走って
着いた先は駅前の繁華街
晶の職場が確か、この辺りだったはず……
建ち並ぶ高層ビルのどれかにオフィスがあるんだと思うけれど、自信はない
本当に俺ーーー何も知ろうとしてなかったんだ
就職が決まった晶を手放しで喜べなかったから。
なんだか、置いていかれる気がしたから。
実際働いてからも職場のこととか仕事内容とか、まったく聞こうとしなかった。
晶も大変そうだったけれど、仕事の愚痴とかなにひとつ言わなかった。きっと、俺が言わせなかったんだ。
ほんと最低だな、俺ーーー
フラフラと歩き出すけれどあてなんかなくて、とにかくビルを眺めるしかない
今日は土曜日だからオフィスは休みが多いんだろう
スーツ姿の通行人も、あまり見かけなくて
だいたい、見つけてどうする?なにを言う?
ごめん?
帰ってきて?
ーーー愛してる?
そんな上っ面の言葉、きっと届くわけない
道の真ん中で立ち竦んで、もうなんかすべてがわかんない
どうしたらいいのかも
……どうしたいのかも
「蓮?」
不意に呼ばれた名前にビクッとして振り返れば、美奈がきょとんと見ていた。
「美奈……」
「なにしてんの?」
「……わからない」
素直に答えたら、一瞬黙った美奈
少し考えるような仕草をしてから、グイッと腕を引っ張られた。
「なに?」
「そんなとこ突っ立ってたら邪魔でしょ。うち、すぐそこだから」
「……セックスは、しないよ?」
……ってか、できないと思う
なんかそんな気分じゃないから
俺の言葉に足を止めた美奈は、思い切り笑った後強く背中を叩いた。
「いいからおいで。話聞いてあげるから!」
強引に腕を引く美奈について、歩き出す
昨日コイツを抱かなきゃ、晶は出ていかなかったのかな……なんて、そんなことを一瞬考えてから首を振る
多分同じだ
どうせいずれ、晶はいなくなっただろう
俺が、変わらないかぎり
どうしようもなかったんだ、きっと
* * * * *
「出て行っちゃったか……」
コトッとコーラを置いて、美奈は小さく呟いた。
ここは美奈が一人暮らししているマンションらしい
何気に初めて来た。いつもラブホだったからな……
一通り話し終えると、美奈は深刻な顔でため息をついた。
「まぁ、当たり前よね。逆に今までよく我慢してたわ」
……そりゃそうだけど
俺が全部悪いんだけど
「でもさ……こんな終わりってどうなの?なんか、後味悪いっていうかさ」
「蓮のせいでしょ」
「……まぁ、どうせいつか終わる関係だったんだし、別に良いんだけど、なんかさぁ……」
「いつか終わる関係だったの?」
美奈の問い掛けに思わず口ごもる
「終わりを想像してた?」
……そりゃ、男同士だし
将来とか深く考えたことなんてないし
最後の相手だなんて決めていたわけでもない
ずっと一緒だとか、絶対離さないとか、まぁ、ピロートーク的なので言ったことは何度もあるけれど。
というか、思っていたけれど。
でも、だって
終わりなんて見えなかったから。
俺の隣には、いつも晶が居て
一緒に起きて
一緒に飯食って
一緒に笑って
一緒に眠って
それが、当たり前過ぎて。
晶が居ない未来なんて、想像つかなかったから
晶が終わりを想像していたことも、気付けなかったわけで。
「蓮」
黙り込んだ俺に美奈が笑いかける
その微笑みの意味は、さすがに俺でもわかった。
俺がしなきゃいけないこと
俺が今、できること
失ってはいけないもの……ちゃんとあったのに
気付かないフリをして、どうしようもなくなって、今更後悔してーーー俺、本当にバカだね
「……美奈」
「ん?」
「失ってからじゃ、遅いんだよね」
「……そうね」
「それでも諦められなかったら?失ってしまったけれど、どうしても失いたくなかったら?どうしたら良いと思う?」
顔を上げて真っ直ぐ見つめれば、美奈は微かに笑みを浮かべた。
アイスコーヒーを一口飲んでから、ゆっくり口を開く
「私なら、必死で取り戻そうとするかな」
それは、ひどく単純な答え
けれど、一番明瞭な、答え
そうだ
失ったなら、取り戻せばいい
かわりなんていらない
晶を、取り戻すんだ。
「だよね。ありがとう……あと、ごめん」
ガタンと立ち上がった俺を見て、美奈は笑った。
「もう、終わりね」
言いたいことは伝わっていたらしい
俺は頷いて、美奈の目を見ながらはっきり言った。
「もう、2人では会えない。今までありがとう」
晶以外とは、もう二度と遊ばない
ほんと、今更で笑えるけど。
美奈が頷いたのを見てから、玄関へと向かう
靴を履いていたら後ろから小さな声が聞こえた。
「蓮、諦めちゃダメよ。頑張って」
振り返れば笑顔で頷かれて、自然と俺まで笑顔になる
美奈とは、こんな形じゃない関係性を築くべきだったんだろう
本当にごめん。ありがとう。
1度だけ親愛の意味を込めたハグをしてから、俺はまた街へと駆け出した。
晶を、求めてーーー
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