花香る君

1/7
前へ
/7ページ
次へ

花香る君

ぽつぽつと雨粒が傘に弾かれて音を立てる。 湿り気を帯びた雨の匂い。 革靴が小さな水溜まりを踏む。 ぱしゃりと水音を立ててスーツのズボンの裾を濡らしてしまった。 しかし、目的地までまだ歩かなければならない事に若干の憂鬱さを感じながら歩みを進める。 しばらく歩くと目的地である洒落た看板の花屋に先程の憂鬱さを忘れて足を踏み入れた。 「いらっしゃいませ。」 軽やかで明るい声が雨の店内を明るくする。 茶髪に染めた若い女性店員がにこやかな笑みを浮かべている。 ぐるりと店内を見回せば、ピンク、白、黄色、紫、青、赤などのカラフルな色彩。 ふわりと香る甘い花の匂い。 「赤い薔薇と霞草の花束をお願いします。」 気恥ずかしさを感じながら口にすると店員は、にこにこと笑いリボンの色はどうするかと聞いてきた。 店員の笑顔に若干いたたまれなくなりながら、色々詮索されないだけましなのかもしれないと思い直す。 ちらりとリボンの並ぶ棚を見て贈る相手はどんな色が似合うだろうかなど考えとりあえずピンクのリボンを選んだ。 ラッピングされていく花束から目を離して店内を再び見る。 花の甘い匂いが過去を呼び起こす。 僕が初めて好きになった人は花の匂いがした。 当時の僕は、普通の家庭に生まれサラリーマンの父とパートで働く母という家庭環境。 友達も程々にいて、学校の成績は特出する事もなく大人しい生徒だった。 学校の規則にしては、珍しく部活に必ず入部する事が絶対だった。 この中で僕が選んだ部活は園芸部だった。何かを作る事は好きだ。美術部、文芸部とも迷ったが生憎、絵を描いたり文章を作るのが苦手な僕には土台無理な話だった。 幸いにも花は嫌いではないし育つ過程を見ていく事も嫌いじゃない僕はあっさりと園芸部へ入部届けを出していた。 男子は比較的少なかったが部の雰囲気は穏やかで仲が良かった。 僕自身驚いたのが容姿の良さと入学時、学年主席の話題をかっさらった女子のクラスメイトが入部していた事だ。二年生になってもやはり彼女は意外という言葉しか当てはまらなかった。彼女は容姿端麗、文武両道、成績優秀が文字になった様な人間に僕には見えてならなかったからだ。クラスのマドンナ的存在。友人達からも羨ましがられたりもしたが、事務的な会話しかした事が無いのが現実だ。 彼女は、どこかクラスでは浮いていた。悪感情の嫌悪や嫉妬などではなく、どこか浮き世離れしていたのだ。まさに、高嶺の花なのだ。陳腐な僕の語彙力ではそう表現する他がないのだ。僕は彼女を綺麗に咲いている花を見ているような気持ちと、僅かながらに憧憬の気持ちで見ていた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加