理想と現実は

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「おそいなあ」 お気に入りのカフェで、テラス席から道行く人を眺めるのにも飽きてきた。 時刻は7時。 今日はノー残業デーなので、5時半には退社しなければいけない。それなのに待ち人が現れない理由はただひとつ。どうせまたタイムカードを押した後で、こっそり仕事をしているからだろう。 さらに深いため息が文字盤に落ち、それを拭うようにガラスを撫でたのは、ふたりの関係が曇ってしまわないようにと、無意識の抵抗なのかもしれない。 『メリー・クリスマス、新作のペアモデル、カジュアルにもビジネスにも使えて、なかなか悪くないだろ』 そう言ってこの腕時計〝セイコー・ドルチェ&エクセリーヌ〟をプレゼントしてくれたのは、恋人であり、職場の上司でもある〝佐々木 (かなめ)〟だ。同時に「大事な話がある」と真剣な目で見つめられた私は、プロポーズされるのだと思い込み。 ああ、やっと彼のお嫁さんになれるんだ。 木下朝子から佐々木朝子になるんだ。 夫婦で同じ職場っていうのもなんだし、ゆくゆくは家庭に入ったほうがいいかな。 なんて、愚にもつかない妄想を膨らませていた。 けれども。 はい、よろこんで――のかわりに私の口から吐き出されたのは。 「は、なんで?」 およそクリスマスには似つかわしくない、不機嫌な声だった。
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