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* * *
「ごめん!」
ちっとも悪いと思っていない。
そんな笑顔の要さんがテラス席に現れたのは、約束を2時間も過ぎた午後8時。あたりも暗くなり、害虫が発する羽音のせいで不快感が最高潮に達したころだった。
「朝子?」
「……」
「なあ、怒るなって」
「……」
「朝子、ごめんな」
――っ!
向かいの席から隣に移動してきた彼に顔を覗き込まれると、心臓が大きく跳ねた。
悲しいかな、付き合って6年。今だにこの顔には弱い。タレ目フェチの私とって、もともとやさしく下降する彼の目尻がさらに緩むと、ひとたまりもない。
「ほら、機嫌なおそう?」
追い打ちをかけるように、薄い唇から吐き出された穏やかな声。
「……う」
「う?」
「ううっ……ずるい」
「なにがずるいの?」
困ったように首を傾げる要さん。
けれど困惑の奥に余裕が見え隠れするのは、この顔で迫れば、許されることを熟知しているからだろう。
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