理想と現実は

3/10
前へ
/364ページ
次へ
* * * 「ごめん!」 ちっとも悪いと思っていない。 そんな笑顔の(かなめ)さんがテラス席に現れたのは、約束を2時間も過ぎた午後8時。あたりも暗くなり、害虫が発する羽音のせいで不快感が最高潮に達したころだった。 「朝子?」 「……」 「なあ、怒るなって」 「……」 「朝子、ごめんな」 ――っ! 向かいの席から隣に移動してきた彼に顔を覗き込まれると、心臓が大きく跳ねた。 悲しいかな、付き合って6年。今だにこの顔には弱い。タレ目フェチの私とって、もともとやさしく下降する彼の目尻がさらに緩むと、ひとたまりもない。 「ほら、機嫌なおそう?」 追い打ちをかけるように、薄い唇から吐き出された穏やかな声。 「……う」 「う?」 「ううっ……ずるい」 「なにがずるいの?」 困ったように首を傾げる要さん。 けれど困惑の奥に余裕が見え隠れするのは、この顔で迫れば、許されることを熟知しているからだろう。
/364ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2256人が本棚に入れています
本棚に追加