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「だから、朝子は笑っていてちょうだい。あんたが笑っているだけで、母さん、幸せで仕方がないんだから」
「うっ……うう」
言われたとおり笑顔を作ってみるけど、妙な声が漏れた。
「なんね、その気持ち悪い顔」
「ううっ、だって」
上手に笑うなんて無理だ。
泣かないようにするだけで精一杯なんだから。
笑顔を作ろうとするのを諦めた私が、両手で顔を覆って泣き出してしまうと、母さんの柔らかい声が降ってくる。
「大丈夫。涼くんとなら、朝子は笑っていられる」
「そう……かな」
「男で苦労して、人を見る目だけは養われた私が言うんだから間違いない!」
バシンと背中を叩かれる。
「ほら、顔あげて」
母さんが言い終わると同時に、外で車が止まる音がした。
「室町です、着きましたあ!」
慌ただしい足音と、威勢のいい声。
「ほら、あんたに会いたくてたまんない男が、予定より随分早く来たわよ」
驚いて時計を見上げると時刻は9時半。
予定ではお昼ごろだったのに、まったくもって、せっかちな男だ。
「もうっ! 今、感動に浸ってるのに」
母さんに「まあまあ」となだめながら、しぶしぶ玄関を開ける。
と――。
「ひやっ!」
ボスンと、柔らかい何かに顔が埋まる。
赤に染まった視界と、むせかえるような甘い匂い。
呼吸困難に陥りそうになって、慌てて後ずさる。
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