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「ごめんね、田部ちゃんもゆきりんも、せっかくのお休みなのに」
「なに言ってるんですか、水臭い」
「そうですよ、それにゆきりん、男女の愛憎劇って大好物なんです。ドロッドロでグッチャグチャであればあるほど、そそられますよねっ!」
キャフンと小首をかしげたゆきりんを、田部ちゃんが小声でたしなめる。
「恥ずかしいから、下世話なことを言わないで」
確かに、昼下がりのオープンカフェで、愛憎だのドロドロだの声高に捲し立てるのはやめて欲しい。
ただ……本当にふたりには感謝しなくてはいけない。なにげなくグループチャットに『喧嘩して飛び出した』と書き込むと、数分後にはここで落ち合うことが決まったのだ。
「でも、それって別にドロドロでもグチャグチャでもないと思うんですよね」
レモネードを持ち上げた田部ちゃんが、グラス越しに私を見つめる。
「そう……かな?」
「だって喧嘩の原因って、どれも室町さんの愛情じゃないですか。まあ、少し束縛がきつすぎるとは思いますけど」
「少しじゃないと思う。こんな調子だと仕事も出来ないし、まともな人間関係が築けないよ」
ため息をついた私の隣でゆきりんが「鳥籠の朝子……きゃっ、卑猥」とはしゃぐ。
この子のこういうところ……嫌いじゃない。
「まあでも、別れるとかそういう話ではないんですよね?」
ゆきりんを完全に無視した田部ちゃんに聞かれて、言葉に詰まる。
「っ……それが……実は」
「ええ~っ、なになに、事件ですかあ!?」
「ゆきりん、うるさい」
「その……実はね――」
親に署名して貰った婚姻届を破いてしまったことを打ち明けると、ふたりが悲鳴を上げた。
「ええっ、嘘でしょう!」
「きゃあっ、修羅場あっ!」
田部ちゃんとゆきりんの声が重なり、鼓膜がびりびりと揺れる。
もう周りの視線なんかお構いないなしだ。
ふたりが矢継ぎ早に質問してくる。
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