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「確かに、室町さんの妻になるのは大変だと思いますよ。だけど、それでも一緒にいたいと思ったから結婚を決めたんでしょう?」
田部ちゃんに諭されて、ハッとする。
忘れていた。彼を永遠に失うかもしれないと思ったときの恐怖。
3か月前の夜、心臓が壊れるんじゃないかと思うくらいに走って、走って……。間に合わなかったときの後悔。彼が家で待っていてくれたときの感動。
「そうだね……あんまり慌ただしくて、当たり前のことが見えなくなっていたのかも」
雨雲のように垂れこめていた不安が、ゆっくりと晴れていく。
「田部ちゃん、ありがとう」
頭を下げる私に、彼女は満面の笑みをくれた。
「大丈夫ですよ、この3年……室町さんは朝子さんのために、本当に頑張っていたんですから」
「うんうん、あの不良エンジニアが素行を改めるなんて、ゆきりん、天変地異の前触れかと思って、避難袋を新調しましたもん」
天変地異は言い過ぎでしょう。と言いかけて、嫌……そのとおりかもしれない、と思い直した。
「室町さんも今ごろ、後悔してるんじゃないですかね」
「でも私、ひどいこと言っちゃったからなあ」
田部ちゃんはそう言ってくれるけど、室町……すごく怒ってた。それに婚姻届を破るなんて、最低だ。
「そう思うなら、謝ったほうがいいですよ、男は顔と金、女は素直さと愛嬌ですから!」
落ち込む私を励ますように、ゆきりんが断言する。
まあ、男が顔と金……ってのは置いといて、確かに素直さは大切かもしれない。
「分った、連絡してみる」
謝るなら少しでも早い方がいい。そう思って、トートバックからスマホを取り出すと。
「……あ」
「どうしました?」
室町からの不在着信で、画面が埋め尽くされていた。
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