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「わっ、室町さん、かなり焦ってますね」
私のスマホを覗き込んだゆきりんが、驚きの声をあげる。
「早くかけ直したほうがいいですよ」という田部ちゃんに促され、ディスプレイに指を伸ばした瞬間。また彼からの着信があって、思わず通話ボタンを触ってしまった。
『朝子っ!?』
耳をつんざく大声に、スマホを取り落としそうになる。
「ど、どうしたの?」
『お前、いったい何処にいるんだよ!』
「え……代々木だけど」
『代々木!?』
被り気味に叫んだ室町。
同時に「ああ、よかった」と、安堵のため息が吐き出された。
「よかった?」
『新潟に帰ったのかと思ったんだよ』
「え、どうして?」
『どう考えても、しばらく実家に帰らせて頂きます、のパターンだろ』
「そう……かな?」
『そうだよ』
「まさか、昨日東京に来たばかりで帰らないって」
『ったく……なんだよ、驚かせんなよ、電話もシカトだしよ』
その切実な声が、私の胸を締めつける。
「……ごめんなさい」
『え?』
「ひどいこと言って。それに婚姻届も」
スマホの向こうで、彼が息を飲むのが分かった。
そうして優しい沈黙が落とされたあとに。
『いや、俺も……悪かった』
少しだけ気まずそうな、だけど、とっても柔らかな声が聞こえた。
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