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「えと……ただいま帰りました」
気まずいのと照れくさいので、固い口調になってしまう。
対して室町は「おかえり」と、実に優しい声で迎えてくれた。
「どうした、早く上がってこいよ」
「うん」
玄関先でもじもじする私を、ふわりとした笑みで促した彼は、奥に向かって歩きだす。慌てて追いかけてリビングに足を踏み入れる――と。
「あれ、いい匂い」
食欲そそるスパイシーな香りが鼻孔をくすぐった。
香りの元は、キッチンカウンターの奥。
室町がなにやら大きな鍋を掻きまわしている。
「この匂いは、カレー?」
「おお、そろそろ腹も減ってきただろ」
こともなげに言うけど、この部屋に調理器具があるなんて大事件だ。
どうして昨夜から気付かなかったのだろう。よく見ればフライパンや電気釜など……3年前の殺風景なキッチンとは雲泥の差だ。もちろん私が持ち込んだのではない。
しかもシンクの中には、なんと野菜の切れ端が捨てられている。
「これ……まさか作ったんじゃないよね?」
「作ったんだけど?」
「室町が?」
「他に誰がいるんだよ」
「レトルトパックを鍋に移し替えたの?」
「失礼なやつだな」
いやいやいや、3年前は、料理はおろか珈琲1杯をデリバリーしていた男だ。
これはゆきりんの言うように、天変地異の前触れだろうか。
あまりに現実離れした光景に混乱していると、今度は電気釜がピーッという、炊きあがり音を鳴らす。
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