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「……もう、寝るっ!」
我ながら大人気ないとは思う。
けれどすっかりやり込められ、このまま酒を飲む気にもなれない。
飲みかけのビールを最後の一滴まで飲みほし、立ち上がろうとしたときだった。
「ねえ、涼」
朝子がいつになく真剣な目で、俺を見つめる。
導かれるように浮かせた腰を、再度ソファーに沈めると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「本当は、桜も辛いと思うの」
「……え、けど、鏡の前で男を惑わす笑顔の練習してるって――」
「うん、それがあの子の選んだ最大の防御策なんだと思う」
「防御?」
俺の質問に力強く頷いた朝子が、噛みしめるように言う。
「幼稚舎でウサギを飼ってたの、覚えてる?」
「……そうだっけ?」
「うん、あるときね、桜を迎えに行くのが少しだけ遅くなって……そしたらあの子、ウサギ小屋にいたの。一生懸命にウサギとお話をしているのが可愛くて、私……気づかれないようにそっと近づいて。そしたらあの子、ウサギに向かってこう言ってたの」
そこまで言った朝子は、キュツと唇を噛み何かをこらえるように俯いて。
だけどすぐに、顔を上げ言葉を続ける。
「いいねえ、ウサちゃんは、どんなに可愛くてもいじめられないもんね――って」
「……桜が……そんなことを」
「まだ5歳の女の子が、自分がいじめられる原因を理解して、そして身を守るために考えて考えて、導き出した答えが、今の桜なんじゃないかな」
言葉がが出なかった。
そうだ……あの子の趣味が変わったのは幼稚舎に入ってしばらく経ってからだ。それまでは、スカートが大嫌いでいつもハーフパンツで走りまわっていた。髪も短く、お人形よりミニカーや戦隊ベルトを好み、公園に連れて行けば、よく男の子を泣かせていた。
それがいつの間にか、ピンク色のワンピースを着て、長い髪を綺麗に結び、恥ずかしそうに笑うようになって……。
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