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「いいな、会社で吐いたのを見つけた俺が、パニクって救急車を呼んじまった。で、昼飯を食いすぎたせいだとは言いだせなくなったお前は、重病のふりをした。そのせいで検査だ点滴だと、病院に拘束されて今に至ると……これでいくからな」
「わ、わかった」
私が切々と訴えた事情を聞いて、室町がひねり出してくれた作戦だ。
かなり無理矢理だなと思う。
でも、じっくり考える暇がないのだから仕方がない。
「よし、行くぞ」
「うん」
アパートに隣接する駐車場でうなずき合った私たちは、気合を入れて車から降りる。
どうせ今から対峙するのだから、その必要はない。なのに足音をひそめてしまうのは、これからつく嘘があまりに薄っぺらいからだ。
3階にある私の部屋まで階段を上って、この角を曲がれば、いよいよご対面。
大きく深呼吸をして足を踏み出したけど、一瞬で戦意を喪失してしまった。
部屋の前で仁王立つ母が、それはそれは恐ろしい顔でこちらを睨みつけていたからだ。
「……ひ、久しぶり」
愛想笑いを張りつけて近寄ると、母の視線が全身を舐めまわす。
「なんね、その恰好は」
「あの、これはね――」
言いかけた私を遮るように、室町が前に進み出た。
「僕から説明します」
「あんたは?」
「初めまして、朝子さんの同僚で、室町と申します」
「ああ……それはお世話になっとります」
きっちりとネクタイを締め、如才なく挨拶をする室町に、母の警戒が少しだけ緩んだのが分かった。
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