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理想と現実は
初夏。
夕暮れどきのオフィス街は、やわらかな疲労感に包まれている。いつからだろう。眩しい朝の光よりも、のったりと垂れこめる橙が心地よくなったのは。
少なくともアラサーと呼ばれる年齢になるまでは、こんな感傷めいた気持ちは持ち合わせていなかったように思う。
少しだけ背中を丸めて、けれど弾むような足取りで家路を急ぐのは、幼い娘を持つパパリーマンだろうか。
可愛そうに……。近い将来、成長した我が子に「おっさん、うざい!」なんて、邪険にされる日がくるのだろう。
あ、オフィスビルから出てきた若い女。やたら私を敵対視してくる後輩に似ている。よく見れば雰囲気だけじゃなく、彼女が愛用している真っ赤なパンプスまで同じだ。
あのピンヒール、マンホールの穴に刺さって、抜けなくなればいいのに。
よからぬ思念を送ってみたけれど、もちろんそんなものが届くはずもなく、彼女は颯爽と繁華街に消えて行った。
つまらない――。
ため息をひとつ。
腕時計の文字盤に視線を落とす。
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